映画『TOKYOタクシー』は、東京で暮らす個人タクシードライバーと、老人ホームへ向かう85歳の女性が、1日のタクシー旅を通じて心を通わせていくヒューマンドラマである。タクシーの車内と東京の街並みを中心に進み、世代も境遇も違う二人が、わずかな時間の出会いをきっかけに人生を見つめ直していく。公開4日間(11月21〜24日)では動員29万人、興行収入4億円を突破し、その週の映画興行ランキング1位。また邦画実写映画としては40週ぶりに週末動員ランキングで初登場1位を獲得したことでも話題となった。
劇中の細かい描写については、説明するとネタバレになるため控えるが、現役タクシードライバーとしてさまざまな場面で共感を得た。特に個人タクシードライバー(役名:宇佐美浩二)を演じるキムタクと、その妻とのやり取りの中で、生活費や娘の学費などを工面する話は、タクシードライバーでなくとも共感できる場面かもしれない。キムタク──いや、個人タクシーは稼げない職業なのだろうか。そもそも、個人タクシーと法人タクシーの違いを知らない人も多いと思う。まずは個人タクシーの実態を見ていこう。
実は、個人タクシーはエリート中のエリート
・勤続10年、無事故無違反者だけが手にできるチケット
自分のペースで働きたい、収入を自由にコントロールしたいというニーズが、この動きを後押ししているのかもしれない。しかし、個人タクシーになるためには誰でも簡単に転換できるわけではない。タクシー会社に勤めて「10年以上の実務経験」が必要で、「申請時に直近3年間無事故・無違反」の実績も求められるなど、いくつかの条件をクリアして初めて個人タクシーになる資格を得る。
ただ、その資格を手にしたからといって、すぐに個人タクシーになれるわけではないが、資格要件の年数を考えると、キムタク演じるドライバーは、若い時からタクシーの職に就いていたことがわかる。
・個人タクシーになるには資格だけでなく、タイミングと費用も必要
個人タクシー事業者になる方法は以下の4通りしかない。
1.(新規許可)新規に許可を得る
2.(譲渡譲受)既存個人タクシー事業者の事業を譲り受ける
3.(死亡後譲渡)死亡した個人タクシー事業者の事業を譲り受ける
4.(相続)既存個人タクシー事業者の事業を相続する
※東京都個人タクシー協会から一部抜粋
台数が制限されているため、新規許可はあまり現実的ではない。いわば相撲界の年寄り株制度のように、事業を譲り受ける方法がほとんどである。また、開業資金として「約200万円」が必要だ。この自己資金については、一般乗用旅客自動車運送事業許可の申請時に認められるのはあくまで自己資金のみで、融資で借り入れたお金は認められない。そのため、計画的な準備が求められる。劇中では、賃貸物件の更新料、車検、娘の入学金など無計画さが見えたが、この時はしっかりとしていたことがわかる。
・個人タクシーと法人タクシー、どちらが良いのか?
法人タクシー会社のドライバーの収入は、歩合や給料の計算方法が会社によって異なるが、一般的には売り上げの「50〜60%」が歩合として支払われ、残りは会社の取り分となる。一方、個人タクシーの場合、売り上げ全額がドライバーの収入となる。しかし全額がそのまま収入になるわけではなく、経費を差し引いた額が実際の収入となる。
例えば、年間売り上げが750万円で経費が250万円の場合、差し引き後の年収は500万円となる。この年収は法人タクシーとあまり変わらないかもしれないが、経費削減など経営者としての工夫で収入を増やすことができる。
また、個人タクシーで成功するためには「営業エリアの選定」も重要だ。人口が集中する都心では営業収入が高くなるが、誰もが自由に都心で営業できるわけではない。タクシーは法人でも個人でも営業区域が決まっており、法人の場合は営業区域外に住んでいても都心のタクシー会社に勤めれば都心で営業できる。しかし個人の場合は、住民票を移さない限り、申請者が住民登録している都道府県内でしか営業できない。つまり都心で営業するには、東京や大阪などに住民票を移す必要がある。個人ドライバーとして成功するには、「家族や周囲の協力」が必要な場合もある。
キムタク演じるドライバーは東京23区内で営業しているため、「稼げる」場所で住居を構えている。運と実力、潤沢な資金、そして「稼げる条件」を手にしたキムタクは、タクシー業界のエリートと言っても過言ではないのだ。
ただ、どうしてそのエリートが生活費や学費に窮しているのであろうか。後編記事〈『TOKYOタクシー』キムタク演じるドライバーはなぜ「稼げない」のか?現役タクシードライバーが指摘「月100万稼ぐ人もいるのに…」〉では、現役タクシードライバーである筆者の推察を紹介したい。