2025年10月クールのドラマの中で視聴者の間で最も大きな話題を呼んだのが12月9日(火)に最終回を迎えたTBSドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』で間違いないだろう。竹内涼真が演じた保守的な昭和のジェンダー観を持つ主人公・海老原勝男が料理を通して令和仕様にアップデートされていく姿は愛嬌たっぷりでSNS上では毎回大盛り上がり。竹内涼真の新たな代表作になったと言っても過言ではない。
しかし、このドラマを熱心に視聴した人ほど、序盤から一つの「リアリティの無さ」に引っかかっていたのではないだろうか。それが、主人公の勝男と夏帆が演じた元恋人・山岸鮎美、そして彼らを取り巻く重要人物たちの「あまりにも都合の良い偶然バッタリ」の多さである。
異常な「偶然バッタリ率」が示すご都合主義
主人公の鮎美と勝男は、同棲を解消した後も二人は高円寺に住み続けているという設定だ。しかし、その後の二人の生活環境を考えると、偶然の再会が頻発するのはあまりに不自然だった。
多忙なバリバリエリートとして働く勝男と、受付業務で定時帰りが基本の鮎美。会社も別で生活リズムが大きく異なるはずの二人が、スーパーでバッタリ、飲み屋でバッタリ、酒屋でバッタリ、図書館でバッタリ…。あまりに高い確率で同じ場所、同じ時間に鉢合わせする。勝男の職場は断定こそされていないがオフィス街であり、会社の後輩との飲み会が毎回わざわざ高円寺近辺というのも非現実的だ。通常のドラマであれば、こうした非現実的な「ご都合主義」の積み重ねは、視聴者の興ざめや冷めた評価に繋がりかねない。
そして、この「ご都合主義」の極致が、第9話で現れる。
ゴキブリホイホイと「脚本の稚拙さ」への疑念
極めつけは、二人とも社会的にどん底にいる時期の遭遇だ。パワハラで出勤停止処分を受け途方に暮れる勝男が、公園の人っ気がない空間で自販機の下のスマホを拾おうとしてゴキブリホイホイのような粘着物に手を触れ、身動きが取れなくなるという、情けない状態に陥っている。
そこに、詐欺被害に遭い夢も仕事も失った鮎美が、どこからどう来たかも分からないタイミングで突如現れて助けるのだ。
この描写は、いくらフィクションとはいえ、あまりに唐突で強引であり、妙に冗長なシーンだったので、視聴者の中には「明らかな時間稼ぎ」「脚本が大味すぎる」と、正直に呆れた人も少なくなかっただろう。
バッタリ遭遇は「心理的な依存」のメタファーか
しかし、逆に考えれば、この極端なまでの非現実性こそが意図されていたのではないか。
二人が社会から切り離され、「自力ではどうにもならない」状態(ホイホイに捕まる勝男)にある時、非現実的な力(鮎美の突如の出現)によって引き合ってしまう。この異常なまでの偶然性の連発は、別れた後も二人が過去のしがらみや互いの存在という”見えない粘着力”から逃れられていない「心理的な依存」を、あえて物理的に可視化していたのだ。
未熟な二人は、どこにいても互いの引力圏から逃れられなかった。この「心理的な近さ」を、あえてリアリティを逸脱した「偶然バッタリ」として表現していたと解釈できる。
最後のニアミスこそが「完全な自立」の証
そして、この不自然な偶然性が、物語の結末で完全に解消される時、これまでの違和感が確信と、「なるほど」という感動に変わった。
鮎美と勝男がそれぞれの道を選び、完全に自立した後の、高円寺の純情商店街でのシーンだ。
二人は、かつてなら必ず鉢合わせしていたであろう極めて近い距離ですれ違う。勝男は脇道で犬と戯れ、大通りを歩く鮎美はそのまま脇道を見ずに通過。大型犬の吠え声に、鮎美が一瞬足を止め振り返るが勝男には気づかない。さらに、鮎美がフレームアウトした後、すぐ勝男が大通りに戻ってきて歩き始めるが前方にいるであろう鮎美には気づかない。二人は互いに気づかないまま、最終的にY字路で完全に別々の方向へと歩みを進める。
今まで、どんなに不自然な状況下でも遭遇していた二人が、ここまで物理的に至近距離にいても、お互いに気づかず通り過ぎていく。
この「バッタリが起きない」という演出こそが、二人が過去のしがらみから完全に解放され、心理的に真の意味で自立したこと(発展的解消)の証明だったのではないだろうか。
脚本家は、あえて不自然な「偶然」を積み重ねて視聴者の違和感を誘い、最後の最後にそれを解消することで、「自立」という最も重要なテーマを鮮やかに際立たせてみせた。ご都合主義と見えた演出が、最終的にキャラクターの成長と別れを表現する秀逸な脚本術であったのだ。
「初めてコンビ」が掴んだ成功
プロデューサーの杉田彩佳さんはGP帯ドラマのチーフプロデューサーを務めるのは初めてで、脚本家の安藤奎さんも舞台を中心に活動している方で連続ドラマの脚本は初めてとのこと。「約1年かけてとことん話し合って作りました」「原作者の谷口菜津子先生にも都度お渡しして、いただいたご意見や感想を反映しました」というインタビュー記事での発言からも二人が並々ならぬ熱意と丁寧さを持って取り組んだことがわかる。
もちろんパワハラや詐欺事件の扱い方といった細かい部分でリアリティの無さを感じる部分はあったが、限られた時間の中でどこをメインにして何を掘り下げるかが肝であり、あくまで二人の関係性、成長と別れに絞って焦点を当てたことが結果的に大成功だったと言える。
この二人がタッグを組む作品を是非また観てみたい。
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