ホリデーシーズンのアメリカで、今年子どもたちのリクエストが多いのは、ダントツで『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(以下、通称名ケデハンと表記)グッズだという。
「10月末のハロウィンのときも街中に、ケデハンの仮装が溢れました。今もその人気は続いています」というのは、『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだときに親が大切にしたいこと』などの著書があるハーバード大学医学部准教授で小児精神科医の内田舞さんだ。
『ケデハン』がNetflixで公開されたのは2025年6月20日。その後、Netflix歴代最多の累計視聴回数3億回を突破。11月7日に発表された第68回グラミー賞ノミネートでは、『ケデハン』の大ヒット曲『Golden』が「ソング・オブ・ザ・イヤー(年間最優秀楽曲)」含め、5部門で候補になった。そして先日、続編の制作が発表され、2029年公開予定だという。続編公開に4年後というのも、想定外のヒットであったことを物語っている。
Netflixの映画ランキング(12月7日現在)も、ホリデーシーズンで新作映画配信が増加する中、日本8位、アメリカ6位、フランス5位、オーストラリア8位、韓国4位、台湾5位と、公開から半年近くなってもベストテン入りしている国が多い。
K-POPと悪魔狩りのストーリーをかけ合わせたアニメが、なぜこれほどまでに欧米を中心に熱狂的な人気を得たのか? そして、それによって社会に変化はあったのか? 自身も深くハマったという内田舞さんが寄稿する。
息子が「おもしろい」と教えてくれた
私が『ケデハン』と出会ったのは、今年6月末。Netflixで公開されて間もなくのこと。ちょうど子どもたちの夏休みが始まったばかりで、一家揃って車でアメリカ半横断移動の大旅行の真っ最中でした。車移動が長いこともあって、子どもたちはiPadでゲームをしたり、動画を観たり……。
そんなとき8歳の次男が、「ママが好きそうな映画を見つけたよ。自分はもう2回観たけど、一緒に観よう!」と教えてくれたのが、この作品だったのです。まさかこの作品が、のちに史上最多視聴、ビルボード最高記録など、アニメ史上に名を残す作品になるとはそのときは思ってもいませんでした。
『ケデハン』をすでに観た方も多いかもしれませんが、物語を一言で説明すると、タイトルどおり、悪霊退治ものです。人気K-POPガールズグループ「HUNTR/X」(ハントリックス:ルミ、ミラ、ゾーイの3人組)が、アイドル活動をしながら、人間の魂を奪おうとする悪霊からファンを守るために「デーモンハンター」として戦うというストーリーです。彼女たちのライバルとして現れるのは、悪魔系ボーイズグループ「サジャ・ボーイズ」で、舞台上と裏の世界でバトルを展開します。
欧米ほど日本で広がらなかった理由
アメリカでの人気は私自身も驚くものでした。日本でも12月7日現在、Netflixの映画ランキング8位に入っていますが、欧米の人気と比べると穏やかだったとききます。日本と盛り上がりに違いが生まれた理由はひとつではないと思いますが、日本のアニメ文化は多様な物語が存在し、モンスターや悪霊がテーマとなる物語自体、名作も含めて複数存在し、既視感があることがひとつの要因ではないかと言われています。
さらに、BTSの記事など韓国カルチャーに関する記事を多く寄稿している安藤由美さんにお話を聞いてみると、欧米と日本では、韓国カルチャーやK-POPに対する思いや歴史が欧米とは異なるようです。
「日本では、2005年以降のいわゆるK-POP第二世代と呼ばれる東方神起やBIGBANG、少女時代、KARAからK-POPファンが増加し、その後も第三世代のEXOやBTS、現在活躍する第四世代のグループなど併せて、多様なグループが活動し、それぞれにファンがついています。
“K-POPジャンルそのものが好き”という人ももちろんいますが、○○が好き、○○の誰が好き、と推しているものが非常に具体的で細分化が進み、単に“K-POP”だけでは反応しません。推しが作品に関与しているなら積極的に観たいけれど、K-POPがテーマになっている=観たいという形にはならない人が多いのかも。とりあえず、K-POPなら何でも聴いてみる、触れてみる、という時期は日本ではかなり前に終わっています。
また、日本のK-POPファンは韓国で制作されたドラマやドキュメンタリー、漫画などを見慣れています。K-POPの世界を描くならファンタジーではなく、もっとリアルな自分の推しのストーリーが観たい、という心情が強い。『ケデハン』に関しては、欧米のヒットから韓国でも人気が広がり、観たとコメントするK-POPのアーティストも増えてきて、“推しの薦めで観てみたらよかった、曲がよくてハマった”、という声はよく聞きます。
ただ、アメリカ制作ではなく、韓国制作でみたい、英語歌詞ではなく韓国語の歌がいい、という意見も聞こえてきます。K-POPを歌い、韓国料理を食べているのに、英語で喋ってて、字幕は日本語……この環境に違和感を覚えた声というもありました。日本とアメリカとでは少しK-POPへのスタンスが異なるのかもしれません」(安藤さん)
アジア文化の描き方が大きく変わった
アメリカでも現在、K-POPはひとつの音楽ジャンルとして確立しています。息子世代に好きなK-POPアイドルを聞くと数名の名前が上がるほど浸透しています。とはいえ安藤さんが指摘するように、日本と比較すると歴史は短く、一般大衆として認知され、熱心なファンが増えたのは、BTSの『Dynamite』のヒット以降。BLACKPINKやNewJeansといったアーティストなどの活躍でコロナ禍以降に浸透してきたという印象です。
ですが、『ケデハン』がアメリカでこれほどの大ヒットを記録したことは、単なるエンターテインメントとしての成功だけでなく、文化的にも大きな転換点を示していると私は感じています。
これまでアメリカ制作の映画では、アジア文化の表現に対して、“異国的な背景”として扱うものがほとんどで、アジアやアジア人を物語の中心にすること自体が稀でした。しかし、『ケデハン』では、アジア的な感性や価値観が「物語の核」として描かれています。
そして、私が何よりも驚いたのは、単なる“アジアの一風変わった物語”ではなく、“普遍的な人間の物語をアジア的な視点で語る”という表現方法でした。韓国文化の象徴であるK-POP、武術や霊的要素、恥や家族への忠誠心といったアジア圏特有のメンタリティーを織り込みながらも排他的ではなく、「自分を隠さずに生きたい」「過去の痛みを力に変えたい」といった国籍や地域関係なく、誰もが思う感情も合わせて投影しています。
2023年にオスカー7冠を達成した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』などアジア人起用の映画の人気は高まっていましたが、単に文化的なものだけを“輸出”して見せるという時代から、文化を超え気持ちを“共有”し、“融合する”時代への移行を『ケデハン』が決定づけてくれたと感じました。
アジア人の「語る権利」がみえた
物語の中心であるK-POPガールズグループ「HUNTR/X」のひとり、ミラの歌声を務めたのは、アメリカ・ニュージャージーで生まれ育った女優で歌手であるオードリー・ヌナさんです。
彼女はインタビューで、「映画の中に出てきた韓国の食材を見て、涙が出た」と語りました。子どものころ、友だちから韓国の食べ物を馬鹿にされると思い、隠れて食べていた経験があったといいます。恥ずかしさを感じていた韓国の食文化が、『ケデハン』を通し、映画館の大きなスクリーンに映し出されたとき、「これからの子どもたちは隠れて食べなくてもいいんだ!」と思ったそうです。
ルーツが韓国人であることから湧き上がったヌナさんの感情ですが、ヌナさんだけでなく、この作品から多様な文化を知る楽しさや大切さを感じた子どもたちは多いと感じています。
「移民排斥が進むアメリカで何を言っているのか」「アジア人差別もあるのに」と思う方もいるかもしれません。そのとおりですが、アメリカはおもしろい国で、「揺り戻し」といった現象がたびたび起こります。過去もそうでしたが、ひとつの方向に事態が動くと、逆方向に力が働き出すのです。「#MeToo」や「Black Lives Matter」「StopAsianHate」といった運動もそういった時期に発生しました。そこがアメリカという国のタフな部分ともいえます。
私が住んでいる地域では、「アジア系であること」「異なるルーツを持つこと」がもはや“特殊なこと”ではなく、当たり前という空気感があります。だからこそ、アジア系アメリカ人の子どもたちは自分を重ね、白人や黒人、他の地域の人たちの子どもたちも、この物語を自分たちのルーツと重ね共感したのです。そして、“違い”を恐れない友情の物語としてこの作品を受け取り、エンパワメントされたのかもしれません。私自身、同じアジア人として共通する認識含め、この作品のヒットをとてもうれしく感じています。
ですが、私がこの作品に対して、うれしいと発信すると、「K-POPをアジアの文化として語るな」「日本人のあなたが韓国の文化に対して、一括りにしてアジアとまとめるのはおかしい」と指摘される方がいます。もちろん、韓国と日本は国も言語も違い、文化や習慣も似ているようで違う部分もあります。しかし、隣り合う国であり、同じアジア東アジアに属しています。
私が長くアメリカに暮らして実感するのは、私は日本人であるけれど、アジア人でもあるということです。日本で白人の方にアメリカやヨーロッパの在住の方という先入観を持つように、アメリカでは、日本人も韓国人も中国人も一括りで観られることはとても多いです。そんなとき日本人の内田舞であると同時に、アジア人の内田舞でもあると自覚します。
だからこそ、アジアの文化が広く理解されることに喜びを感じ、『ケデハン』がここまで欧米で人気を集めたことに感動しています。それは、単なる多様性の達成ではなく、アジア人の「語る権利(the right to narrative)」を取り戻すことを意味しているのです。かつて“他者”として描かれてきた私たちが、自らの声で物語を紡ぐようになった。この変化は、K-POPに止まらず、J-POPにも派生しています。
◇後編では、なぜ『ケデハン』が欧米で多くの人たちの心を掴んだのか。エンパワメントされる理由について、心理学的要素も含めて解説いただきます。