日本は世界一「精神病」が多い
「イタリアには精神病院がない」というと、大体の日本人は驚きます。なにしろ、日本の精神病は、人口10万人あたりの人数で、世界ダントツ一位。世界の精神科病床数(人口10万人あたり)は、OECD平均約68床。アメリカは21床。イギリス約23床。韓国が150床で、日本は、なんと269床。つまり、日本人の人口10万人あたり269床(OECD平均の約4倍)と途方もない数の精神病床があるのです。
精神医学ライターの河合薫氏によると、最近では、さらにその傾向が激しくなっているようで、2025年版「自殺対策白書」によると、24年の小中高生の自殺者数は529人で、統計のある1980年以降で過去最多。10~20代の若者の自殺未遂では、市販薬などを大量服薬するオーバードーズが多くを占めています。
大人の精神障害も増加しています。2025年版「過労死等防止対策白書」で、精神障害による労災請求件数が3780件と10年度の1181件から3倍以上に増加しました。うつ病などの精神障害で労災認定を受けたケースは、業種別に分析したところ、外食産業と自動車運転では、18%超が過労死ラインを超える残業だったそうです。
高市首相の「働いて働いて…」が流行語に
こんな時期に高市首相の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」を流行語大賞に決定したのは、選考委員である、金田一秀穂(杏林大学教授)、辛酸なめ子(漫画家・コラムニスト)、パトリック・ハーラン(お笑い芸人)、室井滋(俳優・エッセイスト・富山県立高志の国文学館館長)、やくみつる(漫画家)、大塚陽子(『現代用語の基礎知識』編集長)たちの見識を少し疑いますが、メディアも一緒になって大騒ぎしているのをみて,首相だけでなく、メディアも、世界からダントツに遅れている日本の精神医療の実態をもっと知ってもらわねばと思いました。
元々、精神病院には、暗いイメージがつきまといます。1982年、日本航空の機長が「心の病」から、羽田沖で航空事故を起こしたとき、私も複数の精神病院を取材しました。
ある病院の院長室に向う廊下の左右はカーテンで覆われ、時折、カーテンの切れ目から、廊下の両側の部屋の様子がみえます。鉄格子のついた部屋。半裸の女性(自殺防止のために、服を着せないルール)が鉄格子にしがみついて叫んだり、すすり泣いたりするのが聞こえます。その度に、もう少しきれいな病室で静養させてあげたいと思いました。
不必要な長い「身体拘束」は日本だけ
その後、精神障害と治療法を調査する機会が多くなり、こんな病院(さすがに日本でも今はこんな病院はありません)は、世界の治療法から大きく、遅れていることを知りました。
世界の趨勢はもはや、不必要な長い拘束は、患者の心を壊すだけだというのが共通認識となりつつあります。
杏林大学の長谷川利夫教授がフィンランドの病院を視察したときも、患者を一人にせず、必ず看護士が隔離室にはいって見守っていたといいます。適切な見守り体制さえつくれば、長時間の拘束など必要でなくなるのです。日本では一日数回見回りにくるくらいで、スタッフの少ない病院ならもっと少ないとのこと。フランスと日本の精神病院に入院したことがある患者も、フランスでは拘束される時間が短いのに、日本ではほとんど一日中拘束されて、かえって症状が悪化したと語っていました。
精神病院が急増した背景
米国では、1963年にケネディ教書で、精神障害者への積極的な福祉政策が開始され、英国も60年代から地域ケア中心の医療に転換しました。イタリアでは78年に、公立の精神病院の廃止が宣言されています。実際、人口100万人あたりの拘束数は、オーストラリア0.17人。米国は0.37人。 ニュー.ジーランド0.07人。日本は120人。ニュージーランドの2000倍という数(2017年)なのです。しかも平均在院日数は1カ月以内の先進国がほとんどですが、日本だけが9カ月と、これもまたダントツです。
これは、日本では、米国ライシャワー大使への傷害事件もあって(犯人は精神障害をもつ少年)60年に民間医療機関への長期低利融資が始まり、民間の精神病院が急増し、措置入院制度が強化され、今もその流れが続いていることも理由のひとつだといいます。また、結核の撲滅により、不要になったサナトリウムを精神病院に転用するというビジネス的理由もありました。
しかし、病院は患者を治すのが最優先。経営的理由で病院の数を維持するのは、もちろんありえない話です。
記事後編は【じつは世界一「精神病床数」が多い日本…精神病院を「全廃」したイタリアとの「決定的な違い」】から。