1926年に文壇をにぎわせる一つの事件が起きる。アガサ・クリスティーの失踪だ。
この時ドイル67歳、クリスティーは36歳。この記事では、心霊にますますのめり込んでいたドイルが、クリスティーの行方を霊媒師を使って探ろうとしたエピソードを紹介する。
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※この記事は、シャーロック・ホームズの生みの親、作家コナン・ドイルの数奇な生涯を解説した篠田航一著『コナン・ドイル伝 ホームズよりも事件を呼ぶ男』(2025年11月20日発売)より一部を抜粋・編集したものです。
ドイルが頼った霊媒師
失踪の真相は不明だが、この時に登場したのがドイルだ。エダルジ事件で示した冷静な推理力を発揮するかに見えたが、今回ドイルが使った手法は「心霊捜査」だった。
ドイルはクリスティーの夫のアーチボルドに会い、彼女の手袋を借りた。それをなんと知人の霊媒師に渡したのだ。
この霊媒師はサイコメトリーを得意とした。サイコメトリーとは、モノに触れたり近付いたりすることで、その所有者に関する事実を読み取る行為である。
ドイルは何も言わず手袋を霊媒師に見せた。すると彼は「アガサか」とすぐに答えたので、ドイルは驚き、彼の能力を一層信じるようになったという。
しかしこの時点で既にクリスティー失踪から一週間が経過しており、世間は連日そのニュースで大騒ぎだった。このため、なんとなく霊媒師が状況を察知していた可能性もある。
霊媒師はこう言った。
「この人は死んでいない。次の水曜日に消息が分かる」
ホテルでクリスティーが見つかったのは、12月14日の火曜日である。しかしドイルは霊媒師の予言が「当たった」と言い張った。発見されたのは確かに火曜だが、その記事が載った新聞は翌日の水曜に出た。だから世間が知ったのは水曜である。つまり予言は当たったという理屈だ。かなりのこじつけだが、ドイルは大真面目だった。さらにドイルは新聞に寄稿し、英国の警察は心霊捜査を導入すべきだとまで主張した。
出しゃばりドイルに辟易
ホームズの愛読者だったクリスティーにとって、ドイルは尊敬すべき先輩作家だった。だが出しゃばりなドイルとは対照的に、クリスティーは物静かな性格だったと言われている。
2022年に『アガサ・クリスティー とらえどころのないミステリの女王』(大友香奈子訳、邦訳は2023年刊行)を出版するなど、クリスティーの研究者として知られるルーシー・ワースリー氏は英紙ガーディアンへの寄稿でこう記している。
「彼女は他人に気付かれない人でした。自分が平凡に見えることを意図的に利用したのです。それは、本当の自分を隠すために注意深く作り上げたパブリック・イメージでした。公的な書類に職業を記入する時、20億部を売り上げたとされる彼女はいつも『主婦』と書きました。巨大な成功にもかかわらず、彼女はアウトサイダーや傍観者としての視点を持ち続けたのです。彼女は、自分を定義しようとする世間を拒否した人でした」
そんな性格のクリスティーにとって、いくら尊敬する先輩作家とはいえ、怪しげな心霊術を使って自分の居場所をかぎ回るドイルの行動は、かなり迷惑だったはずだ。スタシャワーも伝記の中でこう記している。「コナン・ドイルにうろつかれるのは快いはずがなかったろう」
クリスティーは失踪事件後に夫のアーチボルドと離婚し、4年後の1930年に考古学者のマックス・マロワンと再婚した。