2025年6月6日に公開以来、破竹の勢いで記録を塗り替え続ける映画『国宝』。公開から5カ月余りが経過した11月25日、興行収入は驚異の173億円を突破し、2003年公開の「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」以来22年ぶりに邦画実写映画の興行収入ランキング1位を堂々更新した。
そんな映画『国宝』では、任侠の家に生まれた主人公が歌舞伎の世界に飛び込み、名門の「血筋」という見えない鎖に苦悩しながらも頂点を目指す姿が描かれている。
華やかな舞台の裏側 ―家柄、血縁、そして実績が複雑に絡み合い、厳しい掟で守られた“梨園”こと歌舞伎界で、一体誰が、何を根拠に「一番偉い」とされるのか?
浮世離れした芸の世界の絶対的序列と、その知られざる魅力を「週刊現代」2013年3月23日号の記事から再編集してお届けする。
一番の名跡
何しろ、歌舞伎役者の世界はややこしい。江戸時代以来の伝統・格式に加え、血縁関係も入り乱れ、誰が誰の親戚で、誰が誰より偉いのか、人間関係からして分かりにくいのだ。
いったい、一番偉い歌舞伎役者とは誰なのか。
「江戸で一番の名跡は市川団十郎。上方(関西)では坂田藤十郎。これはもう揺るぎないものなんですよ」
ある歌舞伎関係者はこう説明する。
「歌舞伎の原形は江戸時代以前から存在しましたが、『荒事』という、現代で言えばアクション超大作のような芸風で絶大な人気を獲得し、江戸歌舞伎を作り上げたのが初代市川団十郎です。活躍したのは江戸初期の延宝~元禄期、生類憐れみの令で有名な将軍徳川綱吉の頃で、赤穂浪士の討ち入りの後までになります」
初代の幼少期については不明な点も多く、諸説がある。だが、その父が堀越重蔵と名乗る侠客だったことは、ほぼ定説とされる。
江戸の花形
「役者は日本の歴史上、差別されてきた職業でした。しかし、団十郎のような歌舞伎役者たちは庶民から愛され、絶大な人気を背景に、江戸文化の花形になっていった」(松竹関係者)
さらに、歴史のなかで団十郎の地位は不動のものになっていったと、前出の歌舞伎関係者は語る。
「他の大名跡も、さかのぼればどこかで団十郎につながるものが多いんです。たとえば、二代目松本幸四郎は、のちに四代目団十郎を襲名しています。二代目中村吉右衛門は九代目松本幸四郎の実弟で、養子に出たので、ここも近い。猿之助系統の始祖・初代市川段四郎も、初代団十郎の門弟なのです」
団十郎系に連ならないのは、尾上菊五郎が筆頭の音羽屋、中村福助や橋之助が属する成駒屋など。だが成駒屋トップの名跡は歌右衛門で、現在は空席だ。
坂東三津五郎も団十郎からは独立した系統のトップだが、天賦の才を見込まれて歌舞伎以外の世界から養子に入った坂東玉三郎も世界的に評価されている。
坂東玉三郎は、歌舞伎界でも異例の存在だ。通常、歌舞伎の家では「御曹司」である役者の子息しか名跡は継げず、弟子はいかに優秀でも大役を演じることはない。
「週刊現代」2013年3月23日号より