本当にアカウント乗っ取り犯が逮捕された
お笑いコンビ「アインシュタイン」の稲田直樹さんのインスタグラムアカウントを乗っ取った疑いで、住所・職業不詳の容疑者(32)が逮捕された。各社報道によると、稲田さんのアカウントに16回不正アクセスしたほか、他の俳優らのアカウントにも不正ログインした疑いが持たれている。
稲田さんをめぐっては昨夏、インスタのDM(ダイレクトメッセージ)で、女性に対して性的な画像を送るよう求めたとする情報が拡散して、注目を集めていた。直後に「乗っ取り」との発表があったが、その後1年以上にわたって、ほぼ続報がない状態だった。
そのためSNS上では「うやむやにしている」と疑っていたユーザーが多いようで、報道を受けて、「黒だと思ってた」「稲ちゃんごめん」といった反省の声が相次いでいる。
発端は一人の「暴露系インフルエンサー」から
稲田さんをめぐる疑惑は2024年7月末、「暴露系インフルエンサー」として知られる人物の生配信によって伝えられた。概要としては、稲田さんのインスタから女性にDMが届き、動画配信サイト「ABEMA」の番組企画の一環として、性的画像を要求したというものだった。
この“暴露”の直後、稲田さんはXで「全く身に覚えがないし、企画を装って変な嘘ついてまであんな事はしません」と否定しつつ、「なぜならおれは口説く時は真っ直ぐ目を見て口説くからな」と、冗談めかして釈明。加えて、「僕のセキュリティ管理が甘く不正ログインされた形跡がありました」と報告した。
しかし、これらの発言は当初、ネットユーザーからあまり素直に受け取られなかった。この事案を紹介した暴露系インフルエンサーが、過去にさまざまな芸能スキャンダルを表面化させてきたことから、ユーザーからの信頼度が高かったことも要因だろう。なお、インフルエンサーは、今回の容疑者逮捕を受けて、活動自粛を発表している。
当時ネットユーザーには「ひとまず『乗っ取り』ということにして、風化させようとしているのではないか」といった疑念が渦巻いていた。稲田さんに限らず、これまでも著名人のアカウントから、不適切なSNS投稿が行われて、乗っ取りを主張するケースは多々あった。
しかし、「警察に被害届を提出した」といった報告の後、その続報が伝えられることはほぼなかったため、「有名人の『乗っ取り』は逃げ切りワードだ」といったイメージが定着していたのだ。
「芸能人のSNS乗っ取り弁明はウソ」という風潮
もしかすると、警察が捜査したものの、摘発には至らなかった事案もあるかもしれない。ただ、一般的には「続報がなければ進展していない」と思われる。捜査中は、証拠隠滅などのおそれがあるため、その内容はほぼ表に出ないだろう。今回のように、逮捕報道されるケースは極めて異例だ。
一方で芸能人の場合は、その間も活動を続けなければならない。ぬれぎぬにもかかわらず活動停止してしまえば、それすなわち、事実と認めたことを意味してしまうからだ。すると、結果的に「疑惑について黙殺を決め込んでいる」と受け止められてしまう。
こうした背景もあって、「芸能人の『乗っ取り』弁明はウソではないか」といった風潮が形成されていった。そんななか、稲田さんのケースでは、逮捕報道によって「風化を待っていたのではなく、触れられない理由があった」ことが裏付けられた。
従来からネット民を包んでいた「どうせウソだろ」ムードを払拭するもので、おそらく今後、同様の事案が起きても、本当かもしれないと感じる人は多いだろう。一方で「逮捕されなければ、乗っ取りはウソだったことになる」といった雰囲気ができてしまう懸念もある。
続報を伝えないメディアの罪
こうした価値観が共有されるのは、極めて危険だ。先にも言ったように、捜査が続いている段階や、その後の法廷闘争によっては、その詳細を当事者サイドから明かせない可能性もある。言いたいけれど言えないもどかしさを抱えながら、まるでオオカミ少年のような扱いを受けるケースも出てきかねない。
ここにはメディアの功罪も関係する。乗っ取りのようなインパクトのある初報は伝えられても、「警察へ被害届を出した」「捜査が進められている」といった続報は、ニュースバリューの観点から、なかなか報じられず、たとえ記事化されても拡散されにくい。
実際に稲田さんの件でも、疑惑が出た約4ヵ月後に、同期の芸人である「パンサー」向井慧さんがラジオ番組で、乗っ取りは事実であり、すでに人物も特定されている旨を明かしていたが、さほど広くは知られていなかった。
今回のように逮捕まで行けば、広く世間に向けた名誉回復ができるが、多くの場合はここまで発展しない。すると、「性的な言動をした上に、それを『乗っ取りだ』とウソをついた人間だ」という思い込んだまま、芸能活動を見ているネットユーザーが多数派になる。
ただでさえ、ネット空間では、私刑が横行している。警察や司直の手に任せると、それなりに時間がかかるが、それを傍観者の立場から“エンタメネタ”として消費するネットユーザーにとっては、早期に結論めいたものを求めたくなる。その結果、法的な判断を待たずして、素人判断による社会的制裁を科すのだ。
ネットの“推定有罪”の空気の転換点となるか
筆者はネットメディア編集者として、これまで10年以上にわたり、SNS上の「炎上案件」を見てきた。その体感からすると、ことの真偽に決着がついていないにもかかわらず、断罪されるケースは少なくない。火のない所に煙は立たないとして、いわば「推定有罪」のような雰囲気が形成されているのだ。
そして、ここ数年、そうしたムードの中心には、タレコミ情報をもとにした暴露系インフルエンサーの存在があった。司法の外で社会的制裁を科す「駆け込み寺」的な存在として、存在感や影響力を増していたが、今回の“誤認暴露”によって、その立ち位置は変化しそうだ。
そして、暴露を疑うこともなく信じ込み、バッシングとともに拡散に及んだネットユーザーもまた、善良な傍観者ではなく、風評被害に加担していたことを反省すべきだろう。今回のケースは、「推定有罪による私刑」の位置づけが大きく変わる転換点になると考えている。