文筆家としてエッセイや絵本翻訳、ナレーションなど多彩な才能を発揮している内田也哉子さんとハーバード大学医学部の准教授で小児精神科医の内田舞さん。「内田」という姓以外にも共通点が多く、2024年5月に真宗大谷派名古屋別院が企画したYouTube『人生講座』で対談したことをきっかけに交流が始まったといいます。
「6月13日に新しく出版した『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと 』でも、帯に掲載する推薦文を内田也哉子さんに書いていただきました。也哉子さんとは、子どものころに日本と海外を行き来して生活していたこと、親が個性的であること、3人の子どもの子育てをしていることなど意外なほど共通点が多く、2024年にお会いしたときにもあっと間に意気投合して、素敵な時間をいただきました」と内田舞さん。
そんな二人の出会いのきっかけとなった『人生講座』の対談を抜粋してお届けする第5回の後編では、舞さんの専門である精神医学が話題に。大人のうつと子どものうつの違いや、アメリカと日本のメンタルヘルスの違いなどについてお伝えします。
大人と子どものうつは違う?
内田舞(以下、舞):2024年7月に『うつを生きる 精神科医と患者の対話』という本を出版しました。安倍内閣の参与をされていた方で、イェール大学の経済学部教授の浜田宏一さんとの対談本です。浜田さんは現在88歳で、かなり長い期間、重症なうつ状態を経験されていました。そして希死念慮(死にたいということを考えている)を持たれ、入院された経験もあり、今も気分安定剤を服用しながら、安定した生活を送られています。そんなご自分の闘病や、自分と同じうつを経験していた息子さんを自死で亡くされたという思いをリアルに語ってくださっていて。そういったお話に精神科医としてコメントさせていただきました。
日本では、未だに精神科がどういうものなのかわからないと思われる方もいらっしゃる。わからないから怖いと思ったり、暗いと思ったり、恥ずべきものだと思ってしまう方もいらっしゃる中、体験者のリアルな部分を知っていただけたら、と思うんですね。
浜田先生は前に一歩踏み出したことで、治療に繋がって、回復にも繋がって、その過程はもちろんたくさんの紆余曲折があるんですけれども、生き続けて安倍内閣の参与をつとめられもした。でも安倍内閣参与になったのが良かったのではなく、生き続けることによってたくさんの思い出を積むことができたわけです。その人生が、ものすごくパワフルなストーリーだったので、多くの方に知っていただきたいと思っています。
内田也哉子(以下、也哉子):そもそものお話ですが、精神科の治療というのは、子どもの診療と、大人の診療は同じなのでしょうか?
舞:もちろん、子どもを意識することはあります。疾患や症状の特徴が異なる部分もあります。また、薬の処方の仕方がちょっと違ったり、専門性はあるんですけれども、大人も子どもも人間なので同じところの方がずっと多いですね。
アメリカと日本の精神医療の違い
也哉子:うつなどの心の病になったときに、アメリカと日本を比べると、日本の方が選択肢が狭いと思われますか?
舞:そうですね。選択肢として相談できる場所は、日本のほうが少ないと感じます。アメリカの場合は、学校の役割が思った以上に大きくて、いろいろな働きかけや対策を実行してくれて、現場で働いてくださっているスペシャルエデュケーションの先生方にとても感謝しています。
うちの息子たちは公立の学校に通っているのですが、今年の1月に学校区全体で教師たちのストライキがあって、学校が3週間閉まったことがありました。このストライキでの教師たちの要求のひとつが、各学校にソーシャルワーカー(生活相談員)を専属で設けてほしいというものでした。子どもたちのメンタルヘルスや困っていることがあったら対応できるような専門家を各学校に設けてほしいと求めたのです。そのストライキのおかげで、今は各学校にソーシャルワーカーがいるようになりました。こんなふうに学校からの働きかけがあることでケアに繋がりやすいという現状はありますね。
だからといって、日本がダメというわけではありません。日本には「国民皆保険」という素晴らしい仕組みがあります。アメリカでは、自分が加入している保険によってこの医師には診てもらえるけど、この医師には診てもらえないということがとてもよくあります。自費で払える人はすぐに診てもらえることも多いので、医療格差があります。日本では、精神科医や心療内科の医師にかかることに関しては、保険が適用され、それは国が負担をしています。ただ、カウンセリングは保険適用でないので自己負担になってしまう。国それぞれ違いはありますね。
也哉子:日本では、心が立ち行かなくなったときに、一歩外に出て心療内科の先生に会いに行くことのハードルはまだやっぱり高いと感じます。でも、今日舞さんのお話を聞いて、自分が今感じている感情の根っこにあるものを把握する「再評価」というか、自分がどんな状況であるか、一歩引いて見るためにもドクターに会いに行くというのは大切なことだと思いました。本人にとっても、家族にとってもすぐに全部は解決できなくても、はじめの一歩としてポジティブに捉えていくことは必要ですね。
舞:すごく重要だと思います。子育てをワンオペでするのがつらいように、精神的なつらさを一人で抱えるのはものすごくハードなことです。つらい思いを誰かに打ち明けられただけでも心が軽くなるところはあります。つらい思いを味わっているのは、あなた一人だけじゃないんだよ、というメッセージも送りたいし、それをシェアしてみたら開ける道が必ずあるはずです。誰か信頼する人につらい思いをシェアするということを第一歩に、そして専門家の手助けを借りることもぜひとも選択肢に入れていただけたらと思います。
人の基準に合わせなくていい、そして相談を
舞:日本では、不登校の小中学生が30万人を超えた(注1)ともいわれています。もちろん、一人ひとりケースは異なり、一括りでお話しすることはできません。ですが、学校に行けないという状況のお子さんの中には、メンタルヘルスを崩されてしまっているケースも少なくありません。うつ病だったり、不安障害だったり、治療ができる状況のケースも多いと思います。そういったことからも、メンタルヘルスのケアは無視しないで、できれば一度受診してほしいと思います。ただ、すべてのケースに治療が必要だというわけではありません。学校や社会が求めていることができなくても、そういった指標に合わせる必要はないというのを家族で共有できると、お子さんも親御さんも気持ち的に少しラクになるのではないかと思います。
(注1)文部科学省「令和5年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」によると、小・中学校における不登校児童生徒数は346,482人(前年度299,048人)で、前年度から47,434人(15.9%)増加した。11年連続増加し、過去最多となったと報告されている。
やっぱり人間いろんな道があるわけであって、子どもは育っていく中でいろんな変化を繰り広げていきます。私は医師になって17年ですが、小さいころから成人されるまで診ているケースもあります。小学生のころは大変な思いをして、親御さんも学校の先生もどうしたらいいかわからなかったというお子さんもいます。ただ、きっとさまざまな働きかけや治療の効果もあったのだと思いますが、結局何が良かったのかわからないけれど、うまく行っている現在高校生や大学生のお子さんもたくさんいらっしゃるんですよね。
子どもは成長し続けるものであって、成長の過程においてなんとなくいい方に行くケースは多い。だからそのプロセスを信じながら、医学的なサポートできることを、医師としてやってきているつもりですし、同じように希望をもって、できる範囲でいいので親御さんはやってあげるのがいいかなと思います。
そして、お子さんのケアだけでなく自分自身のケアもないがしろにしないでください。やっぱり母親として子どもを心配するときは、そのことで心が蝕まれてしまうほど頭の中がそればかりになってしまう状況なんですよね。自分のことだったらなんとか解決策とか考えられるのに子どもに対してはどうすればいいかわからない。自分のコントロールが効くものでもない。でも、自分が何かしなければ何も変わらないかもしれない……、そういった責任を抱えた状況に追い込まれるので、とてもつらいと思います。
そういった状況で頑張っていらっしゃるお母様たち、「みんな頑張っていて偉いよ」と。「私も応援しているし、お気持ちもわかるところもあるよ」といったエールと共感をまず贈りたいです。
先入観を越えた、魅力に圧倒された
也哉子:今回、私のリクエストで舞さんにお会いできたのですが、人間ってやっぱりどうしてもプロフィールを見て、そこに華麗なる肩書きがあって、そして素晴らしい家族もいて……となると、先入観ばかりが大きくなってしまいがちですよね。
今日舞さんと生身で、ライブでお会いして、舞さんの中にある、そもそも人間が本質的に持つ生命力が、本当に豊かで、たくましい方なんだなと思いました。もちろん、今ここでは語りつくすことができなかった繊細な面もたくさんあるのだろうと思います。でも、それを含めて、なんて魅力的な方なんだろうと。そのことが今日は一番感動的でした。
いち女性として、母親として、日本人としても、こういったバイタリティ溢れる日本人女性が、世界で活躍されている。そして日々、人々の悩みにも目を向けていて、それがどうやって解消されていくのがベストなのかということをずっと考えていて。それでいて、ご自身の生活も疎かにしない。すべてのことが相互作用としてフルサークルのように繋がっているんですよね。
舞さんご自身は、「いろいろあるし、うまくいっていることばかりじゃないですよ」とおっしゃっていますけど、社会に出ている一人の人間としても、家庭人としても、何も肩書がない状態の舞さんというひとりの人間としても、いろんな面をバランスよく持っているんだなと感じました。それは舞さんご自身の努力とご家族のサポートによって保たれていて、本当に至難の業でもあると思うんですね。でも、舞さんでなくても、みんなが大きさや形が異なったりするかもしれないけど、一人一人がそういういろんな自分の面を育てていけたら、なんて素敵な人生だろうな、と舞さんのお話を伺っていて、しみじみと感じました。
本当にありがとうございました。
舞:こちらこそ、楽しい時間であっという間でした。また、お会いできるとうれしいです。ありがとうございました。