昇進、異動、転職などで新たな環境へと飛び込むとき、リーダーはどのようにふるまい、チームをまとめていけばよいのだろうか? 対談集『THE CAPTAINSHIP(ザ・キャプテンシップ)』を出版した、元サッカー日本代表監督の岡田武史氏と、元横浜創英中・高等学校校長で教育アドバイザーの工藤勇一氏が、若きリーダーの悩みにズバリ答える。
「アウェーの環境が怖い」と思ったら
Q コンビニのエリアマネージャーとしての異動が決まっています。昇進ではあるのですが、不安です。というのも、異動先のエリアは現場店舗の人間関係がこじれているそうで、雰囲気が悪く、先任者も苦労したと聞いているからです。
状況が悪い中でアウェーの職場環境に飛び込む時、リーダーは最初にどういう振る舞いをするといいでしょうか? 何かアドバイスをください。(20代)
岡田 「現場の雰囲気がもともと悪いのなら、それ以上悪くならないからむしろやりやすい」。僕ならそう考えます。
これまで状況の良くないチームの監督を引き受ける時や、それこそシーズンの途中からチームに入っていく時は、最初にきちっと引き締めるようにしていました。
ただし、「明るく」とか「頑張ろう」とかいった感情的なアプローチではなく、チームの事実から見える課題と、その解決策をできるだけ具体的に、ロジカルに提示するようにしていました。例えば、こんな感じです。
「今のチームは、ここまでの○試合で△失点している。これはリーグ平均の1.8倍の失点。しかも、後半30分以降の失点率が上位チームの倍近い。これでは勝てない。不足しているのは守備の原則の共有と、試合終了まで走りきれる持久力だ。
そこで、□□と××を重点的に練習していく。得点力はリーグ平均に達しているから、守備面が改善されれば必ずチームの状況は改善する」
最初のミーティングでこうした基本方針を示して、希望が持てる目標を共有したら、あとはとにかくそこに向かって練習あるのみ。試合ではハードワーク。結果が出ることで、チームの雰囲気は必ず良くなっていきます。一体感や雰囲気の良さを求めてチームを作っても、うまくいきっこありませんから。
どこに行っても自分の信念を曲げない
岡田 僕が二度目に日本代表を率いて2年後の2012年、中国浙江省にあるクラブチーム「杭州緑城足球倶楽部(通称:緑城)」に請われ、日本人監督として初めて中国スーパーリーグに行った時は、オーナー、スタッフ、選手全員が僕を疑心暗鬼の目で見ているのがわかりました。
そこで僕がやったのは、これまでの自分のやり方を貫き通すこと。現地に合わせ、好かれるように振る舞ったりはしませんでした。やがて、練習を見たオーナーが僕のところに来て、「どうして君は選手を殴らないんだ? 中国人は日本人と違う。殴らないとわからないんだ」と言うから、「私は絶対に殴りません」と返しました。
その後、選手を集めて「オーナーは、中国人と日本人は違う、殴らないとわからないと言っていた。でも、俺は同じサッカー仲間としてお前たちを信頼する。だから、その信頼を絶対裏切るな」と伝えました。でもね、裏切るんですよ(笑)。
工藤 そうなのですか。
岡田 例えば、試合の前日は街中のホテルに宿泊するわけです。普段トレーニングしているトレーニングセンターは郊外で周りに何もないから、選手はウズウズするんでしょうね。
ある夜、選手の半分以上がホテルを抜け出して遊びに行っていました。試合の前夜にもかかわらず、です。
工藤 その時は、どうしたのですか?
岡田 翌朝選手を集めて、「今回は許す。でも、次は絶対に許さない」ときっぱり伝えたんです。ところが、次にまたやった選手がいた。これはもうアウトです。
「裏切ったヤツは、二度と俺の前に顔を出すな。給料は全部やるから、二度とクラブハウスに来るな」と、強烈にやっていました。すると、だんだんみんなが「岡田はそういう監督なんだ」と理解してくる。ただしもちろん、プロスポーツですから、結果が出なければ、理解はされても信頼はされません。
幸い早い時期にチームの成績が上向きになったので、みんなが信頼してくれるようになりました。振り返ってみると、「ここは中国だから」とか、「中国ではこう」といった声に惑わされず、自分の信念、哲学を曲げなかったのが良かったのだと思います。
全員とほどよい距離を取るようにする
岡田 「タックマンモデル」という有名なチームビルディングの基礎理論にもあるのですが、成功するチームというのは最初にちょっと上がってその後必ず一度カオスになって、そこからまたぐっと上がっていく。
だから、リーダーはカオスを恐れてはダメ。僕の場合も、大体何かそういうトラブルとか、外野にめちゃくちゃ叩かれて「勝てない」となった時にわっとみんなが団結するとか、そういうことの繰り返しでしたね。
工藤 20代の若手が、沈滞した雰囲気の職場に「リーダーとして行け」と言われたら、不安になるのは当たり前です。大事なのは、岡田さんも言ったように「ここではこの状態が普通」「これ以上、悪くならない」とポジティブに捉えること。
最初は誰でもリーダー経験が不足していて当然で、それは上司も会社も分かっているはずです。だとしたら、異動の前に起こりうる最悪のトラブルを想定して、それが起きてしまった時には上司の協力を得られるよう話をしておきたい。その上で、「その事態にならなければ上々」くらいの気持ちで入っていくことです。
実際にリーダーとして現場に入っていく時の具体的なスタンスの取り方で、僕の経験からいくつかアドバイスできることがあります。
・派閥に巻き込まれないよう、全員と一定の距離を取る
雰囲気の悪い職場には必ずいくつかの派閥があり、派閥同士で争っています。新任のリーダーには、それぞれの派閥からアプローチがあるので「味方を作ろう」と近づいていくのではなく、全員とほどよい距離を取るよう心がけたいですね。
なぜなら、「味方を作ると、その分敵も生まれる」からです。人との距離感はとても難しい。だから入りすぎず、離れすぎず、「あの人は、いったいどっちの味方なんだろう?」と思われるくらいがちょうどいいと、僕は思っています。
「俯瞰で見る」訓練ができる場と考える
・全員に同じように声をかける
相手によって態度を変えず、みんなに同じように声をかけていくことです。
僕や岡田さんの年齢であれば、あえて声をかけないことで、全体を観察しながら状況を見極めることがグループに緊張感を与える効果を発揮しますが、若手のうちは「生意気だ」と受け取られ、逆効果となってしまう可能性が高い。飛び込んだ先の相手を知るためにも、自分から声をかけていくほうがいいのです。
決して「味方」を作らず、一定の距離感を保ちつつ、全員に声をかけていく。最初はそのスタンスの取り方が難しいと感じると思いますが、「初めからうまくいくわけがない」といい意味で気楽に構えて、「キャプテンシップを鍛えるトレーニング」だと思ってやっていくことをお勧めします。
また、若くしてリーダーになった場合は、周囲に年上の人間がたくさん働いている状況になるはずです。僕はそういう時、年上の人間をどう活かすかを考え、自分からアプローチして「こんな場合どうするんですか?」と質問するようにしていました。
・焦らず、時間をかける
「こうしなければいけない」「この状況を自分がひっくり返す」などと焦らない、意気込みすぎないことも大切です。長期的に構えて、仕事に取り組むこと。
一方で、「この精神的にタフな状態も、2年間働きかければ変わっていくだろう」などと、期間を区切っておくのも支えになります。
同時に、「2年たって何ともならなければ、自分のいる環境を変えてもいい」くらいの気持ちを持っておきたい。今、自分の能力でできることの100%以上のことはできないのですから。
だから、自分が「100%の力で取り組めている」と思えたら、それはベストを尽くしているということ。そういう自分を、もう一人の客観的な自分が見つめていって、「やるだけやったよ」と自分で自分を褒め、認めていく。
雰囲気の悪い場に巻き込まれず、俯瞰で見るための訓練、経験を積める場とポジティブに考えて取り組んでいってほしいですね。