9月1日。実はこの日、18歳以下の子どもの自殺が1年で最も多い。文部科学省の統計によると、9月1日の自殺者数は他の日の約2倍。国も「9月1日問題」として対策に乗り出している。背景には、増え続ける不登校という現実がある。2023年度、不登校だった小中学生は34万6,482人。これで11年連続の増加。過去最多を更新した。
そんな中、書籍『不登校から人生を拓く――4000組の親子に寄り添った相談員・池添素の「信じ抜く力」』(講談社)が発売となった。同書は、FRaU webでの連載「子どもの不登校と向き合うあなたへ~待つ時間は親子がわかり合う刻」の反響が大きかったため、大幅な加筆・修正を加えて書籍化されたもの。40年以上にわたり、4000組以上の親子に寄り添ってきた相談員・池添素さんの実践と言葉を、ジャーナリストの島沢優子さんが丁寧に取材した渾身の一冊だ。
この記事では、小学1年生の終わりから不登校が続く中学生のカナタくんと、彼を支えるシングルマザーのユメノさんの親子の話を、本書から抜粋して全3回に分けて紹介する。前編と中編はユメノさんへの取材をもとに、彼女の心境や考え方の変化を中心に、後編ではカナタくんへの取材を通して、親子それぞれの歩みを深く掘り下げていく。
「学校へ行かないこと」は悪いことか
実はここからお伝えする話が、不登校の親子を取材しようと思ったきっかけになった。
2021年当時、12歳のYouTuber「ゆたぼん」が公式ユーチューブチャンネルで、学校の授業を対面かオンラインかで学ぶ登校選択制が増えていることに触れ「時代が俺に追い付いてきた」と話したそうだ。不登校を「選択」している彼は、1年以上前から登校選択制を訴えていた。
ゆたぼんの存在やコメントについてどうこう言うつもりはないが、12歳に宛てた大人たちの言葉からは「学校は行って当然」という認識が垣間見えた。違和感を覚えた私は、池添さんに連絡をとり「学校に行けない子はかわいそうな子というレッテル貼りがある。そうではないという気づきを促す記事を書きたい」と伝えた。ほどなくして、当時中学1年生だったカナタくんを育てるシングルマザーのユメノさんを紹介してくださった。プライバシーを守るため加筆修正してはいるが、まずはその記事を読んでもらいたい。
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京都市内に住む中学1年生のカナタくんは、小学校1年生の3学期から学校に行っていない。カナタくんの母ユメノさんいわく「不登校のベテランさん」だ。普段は、世界のすべてがサイコロ形のブロックでできており、そのブロックを採取したり、採取したブロックで建物を作ったりすることができるデジタル版ブロック遊び「マインクラフト」や、オンラインゲームをして過ごす。ユメノさんと出かけることもある。
このカナタくん、数年前に「アマング・アス(Among Us)」というゲームアプリを見つけた。アマング・アスは、パソコンやスマホなどで遊べるマルチプレイゲームで宇宙版の人狼ゲームとして話題になったものだ。
当時は海外版しかなかったので、ユメノさんは「ダウンロードできるけど、英語の表示しかないよ? ええのん?」と確認したが、本人は「いいよ、いいよ。とにかくやりたいんだよ」と言う。課金はしないことなどを約束させ、息子のパソコンに入れてあげた。
独学で英語を学ぶ息子
カナタくんはハマった。ある日、楽しそうにやっているカナタくんのパソコン画面をのぞいた母は「えっ? これ、なんなん?」とビックリ仰天する。チャット画面に、アルファベットが並んでいた。母は「えーっ、これ、英語やん」と驚かされた。チャットもできるため、海外の人と会話をしながらゲームをやっていた。
「これ、英語やん。どうやってんの?」と尋ねると、カナタくんは「自分で調べた」と涼しい顔。聞けば、「こんにちはは、ハローで、こういう時はこういう言い方をする」とネットで調べたと説明してくれた。カナタくんはまたも「自分で調べてん」と得意げだった。簡単なフレーズではあるものの英語を使いこなしていた。
「英語の勉強しようかなどとこちらは一言も言ってません。ゲームをしていると、海外の方からメッセージが入ってくるので、チャットするために自分で勉強したのだと思います」 短い英文でのチャットだけなので、英会話をするわけではないが、パソコンを離れても英語が頭に残ってしまうのか「Hi, mom!」「Good morning!」などと英語で話しかけてくる。ユメノさんも「Hello!」と返した。
親子で街に出て、看板や何かの表示が英語で書かれていると、カナタくんが単語の意味を説明してくれる。バスに乗ると「後ろから乗って、降りる際に料金を払ってください」と記された英語を翻訳してくれた。
翻訳アプリも使用するが、使っている間に単語や文法を覚えてしまうようだった。
「これからも好きなことをやり続けて欲しい。息子を見ていて、好きなことに取り組むのが一番だと感じました。これからも見守り続けていきたいと思います」 親がこのような心持ちでいられたからこそ、独学で英語を覚える息子の姿があるのだろう。ユメノさんは、どうやってここにたどり着いたのだろうか。
「子どもサイドの理由」を考える
カナタくんは保育園に通っていた4歳くらいから、激しい自己主張が目立つようになった。友達とのトラブルが続く息子を前に母は狼狽し、「たたいちゃダメ! なんでたたくの?」と叱ってばかりいた。
「なんでやろう? なんでこんなことになってるの? 私の育て方がおかしいの? と自分を責めてばかりいました。そうなると、ダメしか言わなくなり、息子は余計自分の殻に閉じこもる。すごくしんどかったです」
そんな時に池添さんに出会った。
「あの子のやることは、なんでもOKにしてやって」
「目からウロコでした。それまで(周囲から)言われてきたことと真逆なことばかりでした」とユメノさん。保育園では「ちゃんと言って聞かせてください」としか言われてこなかったからだ。
「最初からなんでもOKにしてしまったら、わがままがエスカレートしてしまうのでは? と思いましたが、池添先生のところで子育てを勉強していくうちに、たたいたり、つねったりするのは、注目して欲しいという欲求の裏返しでもあると知りました」
ごはんも食べなくていい。寝なくていい。好きにやらせていい。それまでの子育てとはまったく違うことばかりだった。ただし、たたくことはダメ。そこで「どうしてたたいたのか?」ということに目を向けるようになった。「たたくあなたが悪い」ではなく、「どうしてかな?」を一緒に考えた。必ず子どもなりの理由があった。
親が変われば子どもも変わる
「息子の中のモヤモヤ感を取り除いてあげることに親のほうが注目したら、少しずつ落ち着いてきたんです。大丈夫だと安心したのだと思います。私の見方が変われば、子どもは変わるんやと思いました」
本人の気持ちが最優先。人を傷付けることや命にかかわること以外は、やりたいことをやらせる。安心安全な環境作りを心がけた。雨が降っていないのに傘を持っていくという欲求も認めた。スーパーで「1個だけね」と強制することもやめた。親のほうが無理やり枠を設けなければ、子どものほうが気づかいをすることもわかってきた。
ユメノさんがこうした子育てを学び、不登校をも受け入れられたのは、広場や池添さんの存在が大きい。
子育ては継承の文化と言われるものの、時代や人や環境が変化すれば子どもの育ちも変化して当然だ。しかし、その変化に学校や社会が対応できているだろうか。多様性だ、個性だと言いながら、昔ながらの集団一斉教育のかたちは変わらないように見える。したがって枠組みから飛び出てしまう子どもに、学校は安心安全な居場所を提供できていない。
私も池添さんに救われたひとりだ。小学3年生だった長男が「明日、学校に行きたくない」と言った瞬間、「え、なんで? なんで行かないの?」と詰問してしまった。が、当時ちょうど雑誌で池添さんの記事を書いていた私は、長男に学校に行くことを強要せずに済んだ。今では学校から親に「登校刺激はしないように」と言われるが、2000年代前半はそんな考えは周知されていなかった。
子育てにメンター的な存在をぜひ見つけて欲しいと思う。自分の子育てに寄り添ってくれる、もしくはヒントを与えてくれる人がいれば、ピンチはチャンスになるのだ。
◇中編【不登校の原因は「給食」?シングルマザーが「専業母になる」と決断した理由】でも、ユメノさんの取材の続きをお届けする。カナタくんが小学校1年生で不登校になった理由と、ユメノさんが「専業母になる」と決断するまでの出来事を詳しく掘り下げる。