宇宙で唯一の生命を育んだ「海」、あたりまえのようにそこにある「山」、そしてミステリアスな「川」……。地球の表情に刻まれた無数の凹凸「地形」。どうしてこのような地形になったのかを追っていくと、地球の歴史が見えてきます。
「地球に強くなる三部作」として好評の『 川はどうしてできるのか 』『 海はどうしてできたのか 』『 山はどうしてできるのか 』を中心に、地形に関する選りすぐりのトピックをご紹介します。
今回は、地球の成り立ちと密接に結びついていた海の誕生についての解説をお届けします。じつは、地球最初の海は、水の海ではありませんでした。どういうことでしょうか。では、早速見ていきましょう。
*本記事は 『 川はどうしてできるのか 』『 海はどうしてできたのか 』『 山はどうしてできるのか 』 (講談社・ブルーバックス)の内容を、再構成・再編集のうえ、お届けします。
地球最初の海を解く、地球誕生の謎
地球最初の海をご説明するには、地球はいつ、どのようにしてできたのかを少しくわしく見ていく必要があります。
地球はいまから約46億年前に、太陽系の第三惑星として誕生したとされています。地球カレン ダーでいう「1月1日」です。しかし、約46億年前が地球の「元日」であることは、どのように して決められたのでしょうか。
実は、私が小学校のころには、地球は約20億年前にできたとされていました。米国の有名な女性海洋生物学者レイチェル・カーソンが書いた『われらをめぐる海』(1951年刊行)でも同じような年代で語られています。
地球の年齢を調べるには、地球上の岩石の年齢を片っ端から測定してもっとも年代の古いものを見つければよいわけですが、それがきちんと確定されたのは意外に最近のことだったのです。
「地球の誕生」理解の変遷史
地球の年齢に関しても、昔からさまざまな説がありました。
【化石とはノアの洪水で死んだ生物…? キリスト教教義下での地球誕生】中世から近世にかけての時代はキリスト教の縛りが強かったために、化石とはノアの洪水で死んだ生物であるといった類の考えが踏襲されていました。 17世紀、アイルランドの司教であったジェームズ・アッシャーは、紀元前4004年に天地創造が起こり、紀元前2348年にノアの洪水が起こったと推定しました。
「化石とはノアの洪水で死んだ生物」…参考記事はこちら:マジか…「化石は、ノアの洪水で死んだ生物のもの」…じつは、18世紀まで理解されなかった、地球に「地形ができるわけ」
【高温ガスが始まり…? 高音起源説と低音起源説】その後、近代的な物理学が発達するとともに、「高温起源説」が有力な説として支持を集めます。地球の起源は高温の火の玉(ガスの塊)であって、それがやがて冷却して、液体と固体からなる地球ができたとするものでした。一方では、低温のガスや固体が出発物質であると考える「低温起源説」もありましたが、高温起源説のほうがはるかに優勢でした。
高温起源説にもとづき、高温の鉄が冷える実験をして地球の年代を決めようとしたのが、絶対温度の単位(ケルビン)にその名がついたことで知られるウイリアム・トムソン(ケルビン) でした。
1862年、彼は鉄の冷却速度から推測して、地球の年齢を短くて2000万年、長くても4億年を超えることはないと見積もりました。アッシャーの4004年よりはずっと長くな ったとはいえ、それでも現在いわれている46億年とは大きな開きがあります。これは、当時はまだ、地球のある重要な性質について知られていなかったからでした。
【放射能の発見が地球の歴史を根底から変えた】19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、ウイルヘルム・レントゲンによるX線の発見、アントニー・ベクレルやマリー・キュリー夫人らによる放射能の発見が、それまでの考え方を一変させました。
地球は冷却していく一方ではなく、地球自身が熱源を持っていて、暖められていることがわかったのです。熱源とは、放射性元素の崩壊熱です。つまり、冷却速度で地球の年齢を割り出すことはできないのです。こうして、高温起源説にもとづく年代測定法は葬り去られてしまいました。
「放射年代測定法」で特定できた、地球上でもっとも古い岩石
しかし放射能の発見は、それまでの測定法を否定しただけではなく、結果的には「決め手」というべき新たな方法を確立します。それが、放射性元素の崩壊または壊変の年代を尺度にして測定する「放射年代測定法」です。
たとえばウラン238という元素は、アルファ崩壊とベータ崩壊という崩壊によって、最終的には鉛の206という元素になって安定します。そうなると、もう崩壊・壊変は起こりません。そこに至るまでの変化は、周辺の温度や圧力などとは関係なく、つねに一定の速度で進行していきます。
つまり、絶対的な時間の尺度として使えるのです。1gのウランの半分の0.5gが鉛になるのには、45億年かかります。したがって、ウランを含む岩石を見つければ、ウランの重さと鉛の重さを測ることで、その岩石の絶対年代が決められるのです。
これを利用して、古い岩石の年代測定が手当たり次第に行われました。その結果、 40 億年あるいは42億年という年代の岩石が見つかりました。地球はそれまで考えられていたよりもかなり歳をとっていることが、ようやくわかってきたのです。
現在、地球上でもっとも古い岩石は、約44億年前のものとされています。ならば、地球の年齢は約44億歳と決めてよさそうに思われました。ところが、実はそうではなかったのです。
なんと、岩石より古い「石」があった
ここまで「岩石」と言うとき、それは地球でつくられた岩石を意味していて、宇宙から飛来した「隕石」は含めていませんでした。 放射年代測定法が確立されてから、隕石の年代測定も岩石とは別に進められていましたが、その結果、最古の隕石の年代は約46億年で あることがわかりました。最古の岩石よりも、隕石のほうがさらに古かったのです。
その後もたくさんの隕石の年代が含まれているウランに注目して測られましたが、得られた年代はすべて誤差の範囲で、45.5億年 ないしは46億年という年代を示しました。このことから地球の起源に関する研究も進み、原初の地球は隕石が集合してできたという考え方が主流になってきました。始原物質が隕石であるならば、その年代が決まれば、地球の年代も決まります。
こうして現在では、地球の年齢は45.5億年から46億年と考えられているのです。今回の海について記事シリーズでは、地球カレンダーでは、これを約46億年を地球の1年とみなした「地球カレンダー」を設定して、その誕生である第1日を「元日」として設定したわけです。
地球カレンダーについて『海はどうしてできたのか』では、地球史、およそ46億年という気の遠くなるような長い時間におよぶ海の進化史を感覚的にとらえるために、「地球カレンダー」という物差しを使って記述しています。これは46億年を「1年」に置き換えて、各年代を「日付」で表したものです。「地球カレンダー」によれば、地球のはじまりは「1月1日」、そして現在は「12月31日」の大晦日ということになります。このような時間のとらえ方をした例は、天体物理学者のカール・セーガンの「宇宙カレンダー」(『エデンの恐竜』)や、ドイツの地質学者ドン・アイヒラーが地球に起こったさまざまなイベントを日付に置き換えたもの(『地質学的時間』)などがあります。こうすることで、それぞれの出来事の時間的な距離感がわかりやすくなるわけです。46億年を「1年」と換算すると、「1ヵ月」は約3億8000万年、「1週間」は約8800万年、「1日」は約1260万年、「1時間」は約53万年、「1分」は約8800年、そして「1秒」は約146年になります。本シリーズでも、海の誕生と進化の歴史を地球カレンダーに置き換えて見ていくことにします。ただし、年代測定の精度その他の事情によって、研究者の間で必ずしも一致しているわけではなく、また新たな知見により変動が生じることもあることを申し添えておきます。
球カレンダー「元旦は強烈な嵐」…降ってくるのは水じゃなくて、隕石
地球の年齢を追い求めていくことで、地球がもともとは隕石の集合体であったことが明らかになってきました。では、なぜ隕石は地球を形成するまでにたくさん集まったのでしょうか。
実は、これに関してはいまだに定説はないのですが、およそ次のようなことが起きたのではないかと考えられています。
太陽系の3番目の軌道にあたる位置で、宇宙の塵 ちり などが集まって、次第にたくさんの塊(微惑星)をつくっていきます。塊どうしは衝突、合体を繰り返すうちに次第に大きな微惑星になっていきます。やがて火星くらいの大きさになると、その引力によって、周辺にあった小さな微惑星 である隕石が引きつけられるというわけです。
それは、現在のわたしたちはまず目にすることはない、大量の隕石の地球への落下でした。雨あられのような隕石が次々に地球に衝突し、合体していくことで、雪だるまにぶつけた雪がくっついていくように地球はどんどん大きくなっていきました。こうして、現在のサイズの地球の原型ができたと考えられています。
これが地球誕生について、現在もっとも多くの人に支持されているシナリオです。地球カレンダーの「元日」は、およそこのようなものだったのです。
しかし、地球ができてから6億年ほどの間、地球カレンダーでいえば2月上旬までについては、当時のことを推測できる情報がほとんどありません。いわば「冥界」つまり「あの世」のようなものなのです。だから地球科学では、この時代を「冥王代(めいおうだい)」と呼んでいます。地球科学の 「黄泉(よみ)の世界」ともいえます。この冥王代に地球ができ、海洋や大気、陸など、多くのものができあがっていきました。冥王代はまさに、聖書の創世記に相当します。
「最初の海」マグマオーシャン
さて、できあがったばかりの地球には、隕石が重爆撃のように降りつづけていました。ものが衝突したときには、熱が発生します。頭を誰かの頭とぶつけると熱く感じるのを体験されたことがあるでしょう。硬い隕石が地球に衝突したときも同じです。しかも、それは非常に大きな熱でした。この熱によって、やがて地球はその表面から溶けはじめるのです。
表面から2000〜3000kmくらいの深さまでが溶けたと考えられています。現在の地球の 半径は6400kmですから、おそるべきことに3分の1から半分に近い深さまでが溶け、ドロドロのマグマになっていたのです。マグマとは、溶岩などの「火成岩」のもとになる、溶鉱炉で真っ赤に溶けた鉄のようなものです。
マグマとは、溶岩などの「火成岩」のもとになるもの…参考記事はこちら:マグマは、いつ、どこで冷えたのか…「斑れい岩と玄武岩」の共通点と相違点が一発でわかる、シンプルなのに「納得の理由」
そして、この大量のマグマが地球の表面すべてを取り巻いて、「マグマオーシャン」を形成したと考えられています。「海」を「液体で満たされたもの」と定義するならば、マグマオーシャンこそが地球にできた「はじめての海」だったのです。
こんな途方もない話のように聞こえますが、マグマオーシャンが存在した証拠はあるのでしょうか。
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マグマオーシャンが存在した証拠。じつは、この地球の構造そのものが、証拠でした。続いて地球の構造と、マグマオーシャンについての解説をお届けします。
海はどうしてできたのか――壮大なスケールの地球進化史
地球に強くなる三部作! 「水の惑星」46億年の事件史……。宇宙で唯一知られる「液体の水」をもつ海は、どのように生まれ、そしてこの先どのように変わっていくのか。「母なる海」を通して、46億年の地球進化史を読み解きます。 【姉妹刊】 海はどうしてできたのか ・ 山はどうしてできるのか