「探偵への依頼のきっかけが、パートナーの容姿が美容整形により変わったからというケースも増えています。その中には美容整形を繰り返す“整形依存症”になっている人も少なくありません。その背景に“自分の顔が醜い”と思いこむ“醜形恐怖症”があることも。自分の外見を否定することは苦しく、周囲の人を巻き込むことも。私は心理を学んだ経験から、調査対象者の状態を判断し、行政や医療につなげることもあります」
こう語るのは、キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さん。山村さんは「困っている人を助けたい」と当初警察官を志したが、身長制限により受けることができないとわかり、探偵となった。そして探偵になるにあたってメンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を取得した。それは、探偵調査の過程で心のサポートが必要不可欠だと感じたからだ。そんなカウンセラーの立場から実例をお伝えしていく連載「探偵はカウンセラー」、これまでにも共依存やギャンブル依存など多くの依存症が根底にあった調査を伝えてきた。第4回は整形依存症やセックス依存症の疑いがある事例だ。
今回相談にきたのは38歳の会社員義明さん(仮名)。web制作会社の正社員で、仕事は順調だという。調査の依頼は5歳年下の妻のこと。結婚して3年になるが、1年前から突如整形をするようになり、謎の行動が増えたのだという。
親と確執を持つ二人が結婚
今回の依頼者・義明さんの妻は33歳、大手企業に派遣社員として週5で勤務しています。2人は3年前に交際2ヵ月で結婚しました。
結婚は互いの“家”を背負うところがあります。ただ、妻は両親との関係が悪く絶縁状態。結婚の挨拶は義明さんが単独で行くと、妻の両親から「あの子を頼みます」と100万円を渡されます。この一般的でない対応でも義明さんが受け入れたのは、彼もまた親子関係に複雑な思いを抱えていたから。
義明さんの父はかつて家庭内暴力を振るい、母はアルコール依存症に苦しみ40代で亡くなっています。似たような心の傷を抱える二人は惹かれ合い、互いの背景から子供を望まない思いも強く、価値観が合うことも結婚の決め手になったそうです。
とはいえ3年間の結婚生活は、波乱も多い。妻は義明さんに心の鬱憤を晴らすように当たることも多かったそうです。ただ、これが1年前にぴたりと止んだ。その時から、妻の顔が少しずつ若返っていくようになりました。半年前には家でサングラスをしており、二重まぶたになる施術を受けたことがわかります。義明さんは美容整形に恐怖心があり、その日から、毎週のようにあった夫婦関係ができなくなってしまいました。
妻はとても性欲が強く、義明さんを求めますが、その対応ができなくなったのです。そうするうちに、妻が週に1回の平日は深夜帰宅になり、土曜日は必ず外出するように。義明さんは浮気を疑い、私に連絡をくれました。
土曜日の早朝、妻が出てきた
妻は土曜日の早朝、義明さんが眠っている間に家を出ることが多いと聞き、朝から自宅マンション前で張り込みます。周辺は個人宅が多く、閑静なエリアです。
朝5時の始発前から張り込んでいると、妻は6時に出てきました。小柄でほっそりした印象で、セミロングの髪を茶色にカラーリングしています。大きな胸を強調するようなTシャツに、ロングスカートが似合います。
肌がつやつやで、唇もぷっくりしている。確かに、美容医療を受けていることが、パッと見ただけでもわかります。
そして、駅前のファストフードに入り、2時間ほどスマホで映画を見たり、SNSをチェックしたりしていました。それから、24時間営業のジムに行き、1時間で出てきます。妻は恋人に会う女性特有のウキウキした表情ではなく、仕事に行くような雰囲気だったので、「浮気はないかも」と感じました。
妻が向かった先は…
それから、妻は都心に向かう電車に乗りながらもスマホを見ています。画面を見ると、美容整形のリール動画で、30分ほど延々と見入っています。
そして、ある繁華街で降りると、力強い足取りで、風俗店に入って行きました。ここはいわゆる「本番」があるお店で、値段も高いです。店の公式サイトを見ると、妻らしき人の写真があり、目が大きくデフォルメされ、口周りが隠されていました。「容姿、スタイル抜群の癒し系」と言うキャッチコピーとともに源氏名がありました。風俗店のサイトは、「女の子は実物を選べます」とか「あなたに奉仕」など、女性を貶めるような表現が多く、いつも心が波立ちます。
ここは繁盛店らしく、午前中からひっきりなしに客が入っています。妻は、10時から18時まで働いて退勤。お風呂に入るからか、肌がさらにみずみずしくなり、輝いているような印象でした。
1駅移動して、駅前のファミレスに入り、ビールとハンバーグを食べていました。その間、2人組の30代の男性に「かわいいね」とナンパされており、「また今度」と断っていました。
すぐに義明さんに報告をすると「え?」とものすごく驚いていました。まさか風俗店で働いているとは思っていなかったようです。私は、似たようなケースを数件調査したことがあり「たまにあるケースです。特別なことではありません」と言うと、落ち着いたようでした。あえて、「妻が風俗店で働いているケースは他にもあります」と伝えたのは、義明さんを落ち着かせる目的もありました。
すぐに報告書を作成してお渡しすると「妻にしてみれば、趣味と実益を兼ね備えている。こんないい仕事はないということか」と落ち込んだり、怒ったりしていました。
妻が整形手術を繰り返すきっかけ
帰宅して、妻に話をしたところ「あんたが悪いんじゃん」と逆ギレされたそうです。義明さんが男性的不能になってしまったこと、性欲が満たされていないことを話すだけでなく、どれだけ人気があり、稼いでいるか自慢してきたそうです。
「稼いだお金は、鼻と顎の整形手術に使うと言っていました。妻は親から“ブス”“醜い”と言われるだけでなく、“目が細くて怖い顔”とか“鼻の形が変”などと言われて育ったそうです。妻の母は、妻の父の顔を嫌っていた。父親似の妻の容姿を貶め、妻の母に似ている妹の容姿と比較し、妹だけを可愛がって育てたそうです」
妻は決して醜くないのに、自分は醜いと思い込むようになります。「ブスなんだから明るくしなくては」とか「相手の言うことを聞かなくてはいけない」という思いも強くなります。これが自分をすり減らすように、過度な献身することにもつながっていくのです。
「あの明るさと気が利くところは、そういう背景もあったんですね。妻が1年前に美容医療の門を叩いたのは、同僚から“最近、肌がたるんだ?”と言われたことがきっかけだったそうです。妻はそれがショックだった。そこで注射の施術を受けたら、見違えるようになったと。そして、理想の顔に向けて、施術を受けるようになっていったそうです」
コンプレックスの解消も別の場所が気になり…
長年抱えていたコンプレックスを解消できた喜びで、毎日幸せだと感じるようになります。しかし、次第に別の場所が気になってくる。そうなると整形依存症に進んでしまいます。
「もちろん、施術は高額ですから、お金も必要になります。性的に満たされないことと、お金が欲しいことが重なり、体験で風俗店に入ったら、多くの人から顔も体も称賛され、すでにお客さんもついていると言っていました」
義明さんは、美容整形だけでなく、風俗店にも今まで一度も行ったことがないそうです。
「妻に仕事を辞めて欲しいと言いました。性感染症のリスク、心身が傷つくこと、危ない目に遭う可能性などを説明したのです。妻は聞く耳を持たず、“これは私の天職だと思う。少なくともあと数年は働きたい”と言い、さらにどうしても辞めさせるなら、離婚するとまで言われ、離婚の方向で進むことにしました。妻はその日のうちに荷物をまとめてウイークリーマンションに出て行きました」
妻からよく聞かれていたこと
それから1週間、「眠れない」とおっしゃるので、再びカウンセリングルームで会うことに。さらに痩せており、仕事も3日ほど休んでいると言っていました。
「一人でいると、“もし、妻が美容整形に行かなければ”とか“もっとかわいいと言えばよかった”と思うのです。思えば、妻はよく僕に“私、きれい?”と聞いていました。それに対して、僕は冗談めかして“条件付きできれいだよ”とか、あえて感情を込めずに“うんうんキレイダヨ”などと返していたのです。それは、妻を可愛いと思っていたから。でも、本気で向き合うべきで、何度も何度も欲しい言葉をちゃんと上げる必要があったんです」
妻はでていく時に「あなたは、私をきれいだと1回も言ってくれなかった」とドアを勢いよく閉め、さらにドアを蹴ったそうです。義明さんは、「私が悪い」と自分を責め続けるので、「それは絶対にありません。あなたは妻の生活を整え、向き合いました」と第三者である私が感じたことを伝えました。
それにホッとしたようで、「僕も前に進まなくては」と言っていました。幸い、義明さんには、心の傷を支えてくれる友人も多い。報告に同行したいと言っていた親友とその妻も、義明さんを気遣い、頻繁に連絡をくれるとのことでした。
妻は今後、どのように折り合いをつけていくのか分かりません。義明さんには、「今後会うとき、精神科や心療内科、もしくはカウンセラーなど専門家に診てもらった方がいいとお伝えください」と話しました。
今後、義明さんと妻が離婚をするかどうかはわかりませんが、互いの傷を理解し合える関係性があることは間違いありません。義明さんにも妻にも「そのままであなたは愛される価値のある人だ」ということを認識してもらいたいと心から感じました。
調査料金は20万円(経費別)です。