2020年以降、『鬼滅の刃』をきっかけに空前のアニメブームが巻き起こり、声優という職業の存在感は飛躍的に高まった。
だが、その一方で、写真集やCDなどが飛ぶように売れ、「アイドル声優」と呼ばれた存在に象徴される2010年代までの熱狂は、確実に落ち着きを見せている。
ここ数年で声優ブームを取り巻く環境は大きく変化した。いま、声優という職業はどこへ向かっているのだろうか。
前編記事『「声優ファン、卒業しました」――かつてネットを熱狂させた《アイドル声優ブーム》が終わった「3つの決定的理由」』より続く。
いま声優を目指すのは「職人肌」タイプ
声優ブームそのものが終わったのかといえば、もちろんそうではない。むしろ、本来の“技術のプロフェッショナル”へと立ち返りつつあるのだ。
「以前と比べても声優の志望者自体は減っていません。ただ、10年ほど前は『可愛いアイドルみたいな子が声優になる』というイメージができていたと思うんです。実際、そういう理由で目指していた子もいるでしょうが、今はそういう人はTikTokerやインフルエンサーなど別の道を選んでいるように感じます。
いま声優を目指すのは、ストイックで地に足のついた人たちが多い印象です。
声帯の使い方の研究をしたり、ボイストレーニングと並行して演技をじっくり学んだり――職人肌タイプで、本当に芝居が好きという方が多いですね。原点回帰、本来の姿に戻ったのだと思います」
声優は特殊な仕事の一つと思われやすい。だが決してそうではないと古川さんは言う。
「みんなで1つの作品を作り上げるわけですから、現場に出られるレベルの演技力があるのはもちろん、見た目の良さや清潔感を備えていること、社会人としてのコミュニケーション能力やスケジュール管理、一般常識は持っていないといけません。
だからこそ社会人経験はあったほうが絶対良い。恋愛経験もそう。修羅場や理不尽を耐えることで、表現力の幅も変わりますからね(笑)。精神面の強さも大切です」
30歳を超えてから活躍する人も
声優業はアニメで必要とされているだけではない。音声ドラマやオーディオブック、実写作品のナレーション、洋画の吹き替えなど、求められる幅は広く、豊かだ。
「実は、30歳を超えてから目指す方も結構いるんですよ。たとえば医療系のナレーションでは落ち着いたトーン、外国映画の吹き替えではハスキーなど低いトーンのほうが好まれます。年を重ねるとホルモンバランスの影響で声は低くなるので、有利な面もあるんです。
ちなみに私が講師を務める新宿『美声ラボ』の受講者は、声優や女優、アイドル、コスプレイヤーといった方が中心ですが、同じくらい、就活生や企業の経営者もマンツーマンレッスンの生徒としていらっしゃる方が多いんです。
声に説得力を持たせ、相手に信頼感を抱いてもらえるような話し方というのは、努力次第で身に付けられる。長い目で見れば、声優も若さや可愛さより人生経験や技術を身につけているほうが強いんです」
かつてのように、“推される才能”だけで生き残れる時代ではない。活躍している声優たちは、芝居の力に加えて、長く続けられる心身のマネジメント、SNSに頼らないファン層の構築、そして常にスキルを磨き続けるプロ意識を持っているのだ。
数万分の1という狭き門だが…
「全国100カ所ほどの養成所、さらに専門学校まで含めると、志望者は数十万人ほどいると言われています。そのなかから実際に『作品に出る』という夢を叶えられる人は1000人もいないかもしれない。
アニメの作品数は増えましたし、最近人気の育成系ゲームでは1つの作品でも50人ぐらい女性キャラが出てくるので、単純に出演するだけであればチャンスは多くなっています。
ただ、出演できる機会が増えても、その分ファンが応援する人もばらけるので、人気を得て食べていける人は減ります。はっきりとした数字は出せませんが……3%くらいかもしれません。
とはいえ、最近は海外への活路も開けています。特にアジア圏は女優や歌手、コスプレイヤーなどエンターテインメントのギャラが高い傾向にあり、そこに声優も含まれている印象です」
狭き門であることは事実。それでも、声優という仕事の本質は今も昔も変わらない。
「声優は“ぶっ飛んだもの”が好きですね。やっぱり、いつもの自分ではない誰かを演じられることが最高に面白い。声優ってそういう人種だと思います。お芝居がとにかく好きなんです。
良い作品との出会いをつかむためにも、一生懸命目の前の仕事に取り組む、それがいちばん大切なことだと信じています」
“アイドル声優ブーム”は終わったが、“職業としての声優”は深化している。「推される対象」から「選ばれる技術職」へ……。厳しさを増す環境でも、声優という職業が、芝居が好きな人にとっての“最高の表現の場”であることには、ずっと変わりはない。
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