「声の力で、トラブルを未然に防ぐことができる」――そう聞くと、驚く方も多いかもしれません。でも、実際にそれは可能なのです。
私はこれまで、企業・医療・教育の現場で、“声”を変えることで人間関係が劇的に改善する瞬間を何度も見てきました。私が大切にしているのは、「争わず、傷つけず、相手の心を自然に動かす」声。それは、感情ではなく“音の設計”で相手に伝える、静かな魔法です。
トラブルを未然に防ぐ「声の力」
言葉の内容は同じでも、声の出し方ひとつで、相手が受け取る印象はまったく違います。
たとえば、週末の混雑する新幹線の指定席に座ろうとしたところ、すでに別の方が席に座って、お弁当を広げていました。私の切符には確かにこの席の番号が書かれています。後ろには乗客がつかえ、通路も混雑していて立ち止まることもままなりません。
混雑した場所では、そもそも他人同士のトラブルが発生しがちです。しかしそれを発展させず、かつ、きちんと自分の主張を「伝える」ためにはもちろん「言葉」も大切ですが、加えて実は「声の質」と「タイミング」です。
人は「言葉の内容」よりも、「どう話されたか」に反応します。声のトーン、間の取り方、音の立ち上がり、目線、動作——すべてが「あなたの伝え方」です。怒らず、責めず、でもしっかり伝えるには、感情の起伏ではなく、音の設計が必要です。
そんなとき、「すみません」と声をかける――簡単なようで、実はこの一言の伝え方で、その後のやりとりは大きく変わります。
小さな声で遠慮がちに言うと、相手は気づかないか、無視されることもあります。逆に、焦ったように強い声で言ってしまえば、相手が防御的になってトラブルに発展しかねません。
では、どうすればよいのでしょうか。
私が提案するのが、「伝える」より「伝わる」ことを目指す、“スミヤメソッド”です。
どんなに優しい言葉を選んでも、声が緊張していたり、早口だったり、トーンが尖っていたら、相手は“圧”を感じます。逆に、深い呼吸と落ち着いた地声で話せば、あなたの意図は自然と伝わり、「この人は信頼できる」と思われるのです。
「すみません」というたった5文字に「声」で自分の意思を乗せ、ちゃんと届けるにはまず、「作らない声」 が大事。相手の動作や呼吸の隙間を読み、「相手が気づける空気」を自分が作りだすことで不用意なトラブルを未然に防ぐ可能性がグッと高まるのです。
アクセントだけで伝わり方が違う
言葉のアクセントに気をつけてみましょう。たとえば「すみません」を、
頭にアクセントを置いて「すみません↓」
語尾を上げて「すみません↑」
と話すのでは、受け取られる印象がまったく異なります。
語尾を強めて上げてしまうと、どんなにいい言葉を言ってもうまくいきません。相手は「責められている」と感じやすくなります。
一方で、最初にアクセントを置いて“音を上から下へ落とす”ように話すと、言葉の意味がスーっと正確に伝わりうまくいきます。さらに声が落ち着き、相手に安心感を与えるのです。
この「アクセントの重心を上から下に置く」という発声は、信頼されるアナウンスや接客の基本でもあります。
「すみません」という言葉を発する前に、まずは、一呼吸おきましょう。じつはそれだけでも空気は変わります。コツはしっかり息を吐き切ることです。吸うのが苦手という方も吐き切ることでうまく呼吸ができるようになります。
「伝わる声」には深い呼吸が伴うので、心身がリラックスしていきます。このときの声には力みがありません。深呼吸しながら話をしている感覚なので、自分自身が心地よいのです。疲れにくいので話すことにも集中できます。
まるで気心の知れた友人と長時間おしゃべりしているときのように、自然に声を出せるのです。
「伝わる声」のベースは地声です。「伝わる声」と、ゆるい地声は別のものです。「伝わる声」を出すためには、地声に「しっかりとした呼吸」がともなっていなければならないのです。
トラブルを防ぐ、スミヤメソッドト「声の3ステップ」
■ステップ1:最初の「すみません」は、“地声”でしっかり届ける
感情を込めすぎた高い声や、遠慮がちに小さな声ではなく、自分の落ち着いた地声で「すみません」と伝えます。特に大事なのは、「す・み・ま・せ・ん」の最初の「す」の音をしっかり出すこと。
これだけで、相手は「自分に何かを伝えようとしている」と感じ取ります。恐れず、でも冷静に。作らない、自然な地声で伝えましょう。
地声が低くて暗く自信がないという方も大丈夫。息を吐き切ってからの第一声はしっかり届く感じの良い声に変わります。
■ステップ2:声の前後に“動作”でサインを出す
車内でいきなり声をかけると、驚いたり反発を感じやすくなります。声を出す前にすること。それは「あ、この人、ここの席なのかな?」と自分で気づいてもらうきっかけになる“非言語の動き”を添えましょう。
たとえば、無言で
・切符を見つめる
・シートの座席番号を確認する
こうした動作があるだけで、声の一言が“単なる指摘”ではなく、“共有の確認”として伝わるのです。相手に「自分から動ける余地」を与えることになり、トラブルに発展しにくくなり、相手の尊厳も守れます。
これは「声」と「動作」のコンビネーションで、日常の対話でもいかすことができます。例えば首をちょっと傾けるともう少し詳しく教えてほしい、時計をチラっと見る動作で相手に「そろそろ時間だ」ということを伝えることができます。
この一連の非言語の“音と動き”の力が、相手に「気づいてもらう」きっかけになります。
■ステップ3:相手の呼吸の“隙”を見て声をかける
声をかけるタイミングも、じつはとても大切です。相手が飲み物を置いたとき、動作が止まったときなどには、わずかな呼吸の“隙”があります。その一瞬こそ相手が次の情報を受け入れられるタイミングです。そこで落ち着いて話しかけます。
このとき、「恐れ入りますが」といった一言を添えると、相手の尊厳を保ったまま伝えることができます。重要なのは、“相手に圧をかけない”こと。責めず、でも誤解を残さず、自分の意思を丁寧に伝えることができます。
自分らしい本当の声が、人間関係を変える
「伝える」より「伝わる」。「言い負かす」より「気づいてもらう」。これがじつは大事なポイントです。それを可能にするのが、地声による「争わない声の力」なのです。
多くの人は、トラブルを避けたいと思っていても、いざというときに言葉が出ない、あるいは出た声がきつく聞こえてしまう……そんな経験をしています。
でも、声は意識や態度で変わります。そして、自分らしい本当の声が、あなたの人間関係を変えるのです。
声は武器ではなく、信頼をつなぐ橋です。相手との間に争いではなく“気づき”を生み出す道具です。誰でも実践できるこの“スミヤメソッド”を、ぜひあなたの毎日に取り入れてみてください。
たった一言の魔法――「すみません」があなたの周りを優しく変えていく始まりになります。