炭鉱におけるカナリア
ドナルド・トランプ米政権におけるスコット・ベッセント財務長官の存在感が飛躍的に高まっている――。
「トランプ関税」を例に挙げるまでもなく、大統領が発表する関税税率の朝令暮改、根拠のない貿易相手国への批判の連発など、トランプ氏の「直観」に基づくことが多く、ホワイトハウス高官や主要閣僚はその尻拭いに奔走する。
そうした中、ベッセント氏は「トラブルシューター」としての役割を担い、且つ具体策を提示することで存在感を強めてきた。
そもそもマクロヘッジファンド、キー・スクエア・グループ創業者で富豪のベッセント氏はどのような考えの持ち主で、なぜ最重要閣僚の財務長官に指名されたのか。
同氏は、実はゲイ(同性愛者)であることを隠さない。「MAGA(米国を再び偉大に)」信奉の超保守派(キリスト教福音派を含む)で固められているトランプ氏周辺には到底許容できないことだ。それでもトランプ氏はベッセント氏を財務長官に指名した。
筆者は3月初め、ベッセント氏とは旧知の仲であるワシントン在住の投資コンサルタント、齋藤ジン氏にこのトランプ人事の意図を尋ねた。「炭鉱におけるカナリアを期待している」が齋藤氏の答えであった。
得心した。昔話だが、ご容赦願いたい。1980年9月に北朝鮮の「労働新聞」に招かれた際、咸鏡北道茂山鉱山を視察した時のことだ。炭鉱入口の脇にカナリアの鳥籠がぶら下がっていた。炭鉱内の酸素に異変を感知したら鳴いて知らせるためと言う案内人(兼監視員)の説明を思い出した。まさにベッセント=カナリアは政権の危機を察知したら、警告するだけではなく解決策を建言するのだ。
もちろん、トランプ氏にはハチャメチャ人事もある。だがベッセント氏の財務長官起用は確信して行ったようだ。
孫正義の構想
そもそも同氏は、財務長官に指名された直後の昨年末(上院の人事承認前)、自身に課せられたミッションを「米国の3-3-3計画」(2028年までに財政赤字を国内総生産=GDPの 3%に削減、規制緩和によってGDP成長率を3%へ押し上げ、原油を1日当たり300万バレル増産の「3-3-3」) であると述べている。
「いの一番」にあげた財政赤字削減の目標は、まさに歳出削減よりも貿易赤字削減を通じて行ったほうが、実現性がはるかに高い。すなわち、高関税政策ということだ。当初から同氏は高関税政策にコミットしていたのである。
日本では報じられなかったが、米ロサンゼルスのビバリーヒルズで5月4~7日、非営利シンクタンク・ミルケン研究所(かつて「ジャンク債の帝王」とされたマイケル・ミルケン氏が創始者)主催の『繫栄する未来を目指して』と題したグローバルカンファレンスが開かれた。キー・ノート・スピーチを行ったベッセント財務長官はこう語った。
「戦時でも不況でもないのに米財政赤字がGDP比6.7%に膨らんだ状況を見て、こうした財政運営は将来の増税を招き、次世代が『アメリカンドリーム』を実現できるような環境でなくなってしまうと危機感を抱き、自身が政権に加わるべきだと思った」――。
ベッセント氏の言動を深堀りしてみる。米大統領就任式の翌日1月21日、トランプ氏はソフトバンクグループ(SBG)の孫正義社長兼会長、米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)、米テック大手オラクルのラリー・エリソンCEOの3人が同席したホワイトハウスでの記者会見で、民間部門による人工知能(AI)インフラへの投資を今後4年間で5000億ドル(約72兆円)行う「スターゲート計画」を発表した。
実は、その2日前に孫氏がトランプ氏に①スターゲート計画、②アラスカ産LNG開発支援、③国富ファンド(Sovereign Wealth Fund=いわゆる「政府系ファンド」)立ち上げの構想を示していた。その席にベッセント氏も同席していたというのである。
ベッセント氏は別行動
そしてこの3番目の日米政府系ファンドの立ち上げこそが、これまで7回に及んだ日米関税閣僚協議が不調に終わる中で、8月1日までに交渉合意に持ち込みたい両国当事者にとって有力な打開策の一つとみられる。
大阪・関西万博の米国ナショナルデー(7月19日)に参加する米大統領代表団(団長・ベッセント財務長官、ロリ・チャベスデリマー労働長官、クリストファー・ランドー国務副長官、セルジオ・ゴルWH人事局長ら)を乗せた専用機は18日午後、東京都下の横田米空軍基地に降り立つ。
ところが肝心要のベッセント氏は別行動である。同日午前にプライベートジェット機(!)で羽田空港に到着後、都内のホテルでヘッジファンド時代に緊密だった日本の投資家である橋本幸子前モルガン・スタンレーMUFG証券副会長(現米ブラックロック・ジャパン社長)ら数人と懇談する。
その後の夕方、代表団と合流して首相官邸に石破茂首相を表敬訪問する。日米関税交渉の日本側責任者である赤澤亮正経済再生相らも参席して懇談会に臨む。
主観的に過ぎたかもしれないが、筆者はベッセント氏緊急来日の情報に接した14日午後、自動車関税税率引き下げについて一定の「日米合意」に達すると判断した。だが今回は、日米関税協議は行われない。
代表団一行は19日早朝、宿舎のホテルオークラを発ち、東京・六本木の在日米軍施設の赤坂プレスセンターからヘリコプターで横田基地、同地から専用機で大阪に向かう。ナショナルデー公式行事を終えた後、赤澤氏主催の昼食会が催される。赤澤氏の隣にベッセント氏が座ることだけは判明しているが、その他の席次は今日時点で「厳秘」扱いである。
ただ判っていることは、参院選翌日の21日午前に赤澤氏が通い慣れたワシントンに向けて羽田空港を発つことである。
「進展」はあるのか。全てはトランプ氏次第である。
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