「二階王国」の復活のはずが
鶴保庸介参議院議員が問題発言をしたのは、和歌山の参院選の応援演説の中だった。渦中の和歌山選挙区は、荒れに荒れている。
7月8日、石破茂首相も出席する和歌山選挙区の二階伸康氏の応援集会でのことだった。石破氏の到着直前、鶴保氏はこう語った。
「輪島市の市役所もないのに、金沢市に住んで、被災したので補助金もらうのに自分の住民票をいちいち市役所がまともに動いてもいないところに、3時間かけていくのはおかしいじゃないか」
あたかも輪島市役所が仕事をしていないかように語ったのだ。会場で鶴保氏の発言を聞いていた自民党関係者は言う。
「石破首相が来るので、東京から来たテレビや記者が待ち構えていたからやらかしたが、あかんと思った。鶴保氏の発言は二階氏だけでなく、自民党の足を引っ張るものだ」
この問題発言の影響が大きいのは、鶴保氏が応援した二階氏が、いま望月良男氏と激しい大接戦を演じているからだ。望月氏を「後方支援」しているのは、世耕弘成衆議院議員。まさに「紀州戦争」の厳しい戦いの中で、鶴保氏の「暴言」は致命的だ。
そんな中、二階氏は演説でこう話す。
「和歌山県全体で大きな不安……パンダです。6月にパンダがいなくなった。30年間で1300億円の経済効果ですから、穴をあけられない。中国との繁殖研究事業が白浜でできるように動きたい」
パンダを「公約」に掲げているのだ。二階氏は、自民党幹事長として歴代最長在任記録を持つ、二階俊博氏の三男である。昨年10月の衆議院選挙では、自民党から処分を受けて、無所属で立候補した世耕弘成衆議院議員と和歌山2区で激突したものの、保守分裂選挙の末に完敗。今回は、参議院に転出し「二階王国」の復活を目指す。
負ければ、二階氏はもうダメでしょう
しかし鶴保氏の発言に二階氏の後援会関係者は
「鶴保氏は俊博氏のおかげで議員バッジをつけることができ、大臣にもなれた。世耕・望月氏との紀州戦争の真っ只中で『運のいいことに能登で地震があった』などという発言は、日本中を敵に回すようなとんでもないものだ。
俊博氏が裏金事件で政界引退をして、天狗になっていた感じもした。まさに傲慢さくる暴言だ。和歌山の人間としてこんな男を国会に送っていたなんて思うと、情けない」
維新は、立憲民主党との協議で、野党一本化を実現し、元県議の浦平美博氏をたてた。事実上「紀州戦争」はこの3人が中心となって展開される。
「参議院選挙で負ければ、二階氏はもうだめでしょう。後がない、悲壮な演説です」
こう語るのは二階氏支援のA県議である。二階氏の演説で必ず登場するのが、岸本周平前和歌山県知事の名前だ。
岸本氏は、和歌山1区の衆議院議員時代は旧民主党や国民民主党に所属していた。和歌山県知事に転身した際には、世耕氏が推す官僚を蹴落として出馬し当選。ここでバックアップしたのが、二階俊博氏だった。
岸本氏は衆議院選挙和歌山1区で、5回連続で当選し、必勝神話さえあった。だが今年4月に急死する。
伸康氏は岸本氏から教えを受けたとして、今回の選挙戦でもこう語っている。
「今は亡き、岸本周平さんが参議院選挙にと背中を押してくれました。ふるさとのため役に立ちたいとならと、選挙のやり方を教えてくれたのです。私も『これが最後のチャンス、なんでもやります』と教えを請いました。
JR和歌山駅のにぎやかな西口ではなく、人通りの少ない東口に、ひとりで立ちなさいと言われました。チラシも受け取ってもらえないと話すと『無視されているんじゃない。(有権者が)キミを試しているんだ』といわれ、覚悟を持てとアドバイスをいただいた」
まるで「お涙頂戴」演説であるが、二階氏には深い「傷」があることも忘れてはならない。
一瞬で広まった「県民葬事件」
昨年の衆議院選挙の真っ最中に、妻ではない女性と和歌山市内のマンションで不倫をしていたと報じられたスキャンダルである。
「支援者が『何をやっとるんや』と事務所に怒鳴り込んできたこともあった。何かあれば、不倫話が蒸し返される。前妻とはすでに離婚しているというが、『早く新しい彼女と入籍しなよ。そうすればスキャンダルじゃなくなる』と、支援者から指摘されても『今、話し合っている』というばかりで、引っかかるものがある」
とA県議はいう。当の二階氏は
「私も勘違いしていた。父の秘書をしていたが私が信頼されていたのではなかった。それが去年の衆議院選挙で負けた理由です」
と反省の弁も語っているものの、相変わらずの「上から目線」の姿勢は変わらないエピソードを紹介しよう。
6月7日、岸本氏の「県民葬」が執り行われた。その席で、ある公明党の地方議員が二階氏と鉢合わせた。公明党の和歌山県連は参議院選挙の「自主投票」を決めていることもあり、この公明党議員は二階氏にこう声をかけたという。
「伸康君、今回はごめんな。自主投票を自民党の県連にも伝えてあるから」
二階氏を気遣った発言だったが、二階氏は
「なぜ、僕に直接、言ってくれないんですか!」
と語気鋭い声で、公明党の地方議員に迫ったという。
このやりとりの噂は「県民葬事件」として一瞬で知れ渡った。
「あの話は和歌山政界にすぐに広まりました。天下を誇った俊博氏の秘書、名代というクセが抜けずに、やらかしてしまう。公明党は今もかなり怒っていて、本当に困ったものです」(A県議)
厳しい情勢
二階氏と相まみえる、望月氏は世耕氏は支援を受け、情勢調査ではほぼ横並び
とみられる。
「参議院選挙直前、世耕先生が地元に入られました。1か月ほど前は情勢調査が二階氏と10ポイント以上の差があった。しかし、つい最近の調査では、0・1ポイント、望月氏がリードしていると世耕先生から報告がありました。
今、世耕先生は表だった応援は控えています。しかし、陣営では世耕先生の待望論が沸き上がっている。世耕先生が全面に立てば、一気に流れはこちらにくるはずで、望月氏が勝てるとみている」
と望月氏支援のB県議はそう話す。そして鶴保氏の「運のいい」暴言のあと、世耕氏は狙いすましたように選挙戦では初めてマイクを握った。
維新の浦平氏は、立民が候補者を取り下げて「野党一本化」した。
「野党がまとまったことは大きい。立民の票が少しでもこちらにくればラッキーです。大票田は和歌山1区、和歌山市内の票。昨年の衆議院選挙でも、和歌山1区から出た林ゆみ氏は小差で自民党の候補に敗れたが、比例復活を果たしており、かなり和歌山市内の票がとれるとみている。保守分裂で当選ラインが下がると予想され、うちにも十分、チャンスがあるはず」(維新の地方議員C氏)
二階氏と争う陣営のB県議もC氏も共通して語るのは「パンダをネタにしなければならないほど、二階氏は厳しい情勢なのは間違いない」ということだ。
ある自民党幹部はこう語る。
「世耕氏はやがて自民党に復党するでしょう。今回の参議院選挙で勝てば子分を従えて復党となるので、箔がつく。一方で、今回負けたところで、石破政権はそう長くない。本音では、世耕氏にはすぐにでも復帰してほしい。二階氏はここで負ければ、衆議院選挙と合わせて2連敗なので、これで終わりだとみられます。
自民党の情勢調査では、二階氏がリードしていますが、差は5〜6ポイントほど。この2か月で一気に詰められている。野党が浦平氏に一本化したことで、そちらにもチャンスがある展開。相変わらず、裏金事件への世論も厳しく、最後までわからない争いのはずだった。
しかし、鶴保氏の発言でさらに自民党全体の選挙戦にも大きな影響が出そうだ。二階氏はますます苦しい展開になってきた。鶴保氏は本当になんてことをやってくれるんだ」
長年つづく紀州戦争で、ついに二階氏は追い込まれつつあるのか。