「進化は再現不可能な一度限りの現象なのか? それとも同じような環境条件では同じような適応が繰り返し発生するのか?」
進化生物学者の間で20世紀から大論争を繰り広げられてきた命題をめぐるサイエンスミステリーの傑作、千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』が発売されました。
本記事では、〈じつは、わたしたちは「大量絶滅」を日々目撃している…ゲノム情報や化石記録からわかる「進化」のプロセス〉に引き続き、なぜ小笠原で「特殊な巨大種」が進化したのかという点について詳しく見ていきます。
※本記事は、千葉聡『 進化という迷宮 隠れた「調律者」を追え 』(講談社現代新書)より抜粋・編集したものです。
巨大化の謎
J・R・R・トールキンのファンタジー小説、『指輪物語』には、二人のホビット(小人族)、メリーとピピンが、樹木のような巨人・エントと出会い、彼らの住む森で暮らすうち、身長が伸びて「史上最大のホビット」になる話がある。
さて、過去の小笠原にも、巨大化したカタツムリ──タイタンがいた。世界中を見渡しても数少ない、究極に特殊な巨大種が、なぜ、よりによって小笠原で進化したのか?
「たまたまです」と答えてしまうと、それ以上考えたり、疑問の答えを探す楽しみがなくなってしまう。だから、ここではいったん偶発性は脇に置き、別の理由も考えてみよう。
実は小笠原には、他にも巨大化した生物がいる。矮性のキク科の草本から樹高5mに達する樹木へと進化したワダンノキや、やはり草本のキキョウの仲間でありながら、高さ3mへと巨大化したオオハマギキョウである。巨大な植物の繁茂する森では、メリーとピピンのようにカタツムリも大きくなる、というアイデアはどうだろう。
他の動物ではどうか。小笠原には人為的に持ち込まれた外来種とコウモリ以外の陸上哺乳類はいない。彼らは長距離の海を渡れないからである。鳥類では著しく大型化した固有種は、少なくとも現生種にはいないようだ。
唯一の猛禽類、オガサワラノスリは本土のノスリよりむしろ小型である。節足動物ではテナガカニムシという世界最大のカニムシや、マボロシオオバッタのように日本最大級のバッタの固有種が記録されている。しかし、すでに多くの種が開拓や外来種の影響で絶滅してしまい、よくわからない。ちなみに小笠原でカタマイマイ類を食べる在来の捕食者は、主にハトとカニの仲間である。本土とは比較にならぬほど捕食者が少ない。
カタマイマイ属の場合、最終氷期に起きたのは大型化だけではない。この時代、タイタンとともに父島と南島の石灰岩地にいた化石カタマイマイ属の仲間は、小さな種も多く含み、それらは現生種にはない独特の形を持つ種を多く含む。この特殊性は、現生カタマイマイ属が示す一般性と矛盾して見える。つまり、同じ形とライフスタイルの分化を何度も繰り返してきた種たちという、現生カタマイマイ属の「調律ルール」から外れているのだ。
その再現されない特殊な進化の理由は、彼らの住んでいた環境が、現在の小笠原には全く残っていない特殊な環境だった点かもしれない。現在より海面が数10から100mも低かった最終氷期には、父島の南西部から南島を含む石灰岩地が陸化し、現在の約20倍に及ぶ広大なカルスト台地が形成されていた。母島にも石灰岩地はあるが、パッチ状で狭く、最終氷期の時代でさえ、全てをあわせても現在の南島の3倍くらいの面積(母島の20分の1)しかなかったと考えられる。
殻をつくるカタツムリにとって、その原料、つまり餌になるカルシウムが豊富な石灰岩地は、パラダイスである。そのため石灰岩地のカタツムリは一般に個体数が圧倒的に多く、たくさんの独立した集団が維持されるので、種数も多い。これは最終氷期に存在した、幻のカルスト台地のカタマイマイ属にも当てはまる。
共存する種は互いに生活様式も形も常に異なるというカタマイマイの「ルール」を単純に当てはめるなら、現在よりもはるかに共存種数の多かったこの地では、現生種にない生活様式と形が存在するのは、むしろ「ルール」通りと言える。
その外れ値のように見える大きさや形は、外れ値のような環境の存在と、そこに共存する種数の多さに伴う必然を示すのかもしれない。実際、面積はごく小さい母島の石灰岩地でも、最終氷期には五種が化石に含まれ、今より共存種数が多かったが、そこでも父島と南島のヒロベソカタマイマイに類似した大型で扁平な絶滅種が化石で見つかっていて、この考えを裏付けている。
では仮にそうだとして、なぜ現生種にない形の一つが、世界でもそうめったに見られない巨大種なのだろう。
最終氷期の小笠原は現在よりも冷涼だが、雲霧が発生しやすい環境だったと言われる。現生カタマイマイ属では、地表に住み、低温で雲霧の発生する山地帯の集団は長寿で大きい傾向がある。これを当てはめると、最終氷期の大型集団は、当時の気候環境の影響という解釈になるが、これだけではなぜ特定の種だけが巨大化したかを説明できない。大きいのにはそれだけエネルギーが必要だ。それに見合うメリットがなければならない。メリットが低ければ維持費が無駄になるから、小さい方が有利になる。
視点を変えよう。他の土地で進化した巨大なカタツムリや巨大な動物はどうなのか。巨大化という大進化の謎は、むしろ他の事例にヒントが隠されているかもしれない。
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さらに〈進化学者が無人島で目撃した「進化の現場」…「悪夢のような世界」をつくりだした「魔物の正体」〉では、「進化のパーツ」を探す旅のはじまりを見ていきます。