10年間で利回りは2%減・工事原価は4割増
一棟アパートの平均登録利回りは昨今、8%前後で推移していますが、10年前は10%弱。不動産価格の高騰により、利回りは年々低下しています。さらに、建築工事費の高騰も顕著です。2025年5月時点の木造建築物の工事原価(建築費指数)は、2015年比で140%を超えています。
利回りの低下や建築工事費の高騰は、単にインフレの影響というばかりではありません。円安や人材不足といった構造要因に加え、賃料を上げづらいという日本特有の業界事情も絡んでいることから、一時的な問題とは考えにくいでしょう。
ただでさえ収益化が難しくなっているなかで投資判断を誤れば、アパートは収益を生む資産どころか、赤字を生む“負”動産になってしまうおそれがあります。
中古アパート投資の隠れたリスク
アパートも、一戸建てと同様に外壁や屋根、基礎といった外周りから劣化が始まるのが一般的ですが、アパートならではの特徴として、廊下や階段などの共用部の劣化が深刻な問題となるケースも多くあります。
とくに注意が必要なのは、アパートの階段や廊下に使用されている鉄骨部分です。実際に弊社の検査では、一見きれいに見える階段や手すりも、塗装の下で深刻な腐食が進行しているケースが頻繁に見受けられます。本来であれば、腐食した部分のサビ落としや補強を行ったうえで塗装を施すべきですが、コスト削減や手間を省くため腐食部分はそのままに、表層だけ綺麗にされているのです。これでは根本的な解決にはなりません。
よく見れば表層だけの改修などに気づけることもあるでしょうが、目で見える範囲は限定的で、屋根や屋上に重大な不具合が潜んでいる可能性もあります。また、修繕履歴があったとしても安心はできません。修繕工事の質や詳細な範囲まで把握することは難しく、たとえ不動産会社であっても建物のプロではない以上、これらの判断は難しいでしょう。
また、共用部に備え付けられている消火器の使用期限が切れていたり、給湯器が耐用年数の10年をはるかに超過していてもそのまま使用されていたりするケースも少なからず見られます。劣化の放置は、建物の価値を下げるだけでなく、事故やトラブルのリスクを高める要因になります。
劣化は築古物件だけの問題にあらず
流通量の多い築15年〜20年程度の比較的新しい物件でも、同様の事象が散見されます。自己居住用の物件であれば、快適性や安全性を維持しようとメンテナンスに対するモチベーションも湧きやすいですが、収益物件となるとやはり収益性を重視してしまい、後回しになってしまっている物件が多いというのが実情です。
オーナー自身は遠方に住んでいて、管理会社に任せきりになっているケースも少なくありません。管理会社からオーナーへの報告は多くの場合、月一度。しっかり状況を見て修繕などの提案をしてくれる管理会社もあるものの、そもそも詳細な状況確認が管理委託契約に含まれていないケースもあります。管理会社によっては「とくに問題ありません」と電話一本で済まされてしまうこともあるため、築古ではなかったとしても、また管理が委託されていたとしても安心はできません。
「契約不適合責任」免責の物件も少なくない
オーナー自身も知り得ていない不具合があるとなると、当然ながら買主にも建物の正確な状態は伝わりません。さらに収益物件は、売主が一定期間、引き渡し後の不具合の責任を負う「契約不適合責任」が免責となっていたり、1週間など非常に短い期間になっていたりすることも多いものです。この場合、売主に修繕等の費用を負担してもらうのは困難です。
中古アパートは、新築と比べて安価に取得できるというメリットがありますが、メンテナンスや修繕に多額な費用がかかり、キャッシュフローを圧迫してしまう可能性もあります。また、階段の手すりがグラついたり、廊下の床材が劣化していたりすれば、入居者の事故につながるおそれもあります。民法では、土地の工作物の設置または保存に瑕疵(不具合等)があることによって他人に損害を生じたときは、土地の所有者が被害者に対して損害賠償責任を負うと定められています。
新築アパートも過信は禁物
新築アパートは劣化こそしていませんが、不具合が見られないわけではありません。施工不良や施工ミスには十分な注意が必要です。アパートなどの投資物件は、収益化を急ぐあまり、引き渡し日の厳守を施工業者に強く求めることも少なくありません。
工事の後半になるほど時間的な余裕がなくなり、いわゆる突貫工事の状態に陥り、本来であれば丁寧に行うべき仕上げ作業や調整作業が不十分になりがちです。建具の調整不良によるきしみ音の発生や設備の動作不良、さらには配管からの漏水といった問題が竣工時に発見されることも珍しくありません。
天井裏や床下、壁の中は竣工後にチェックできませんが、見た目にわかる不具合は、引き渡し前の竣工検査でその事実を確認して施工会社に伝えれば、多くの場合、無償で直してもらえます。しかし、収益物件は施工検査も軽視されがちで、しっかり見ればすぐにわかる建具の傾きや漏水などでさえ見落としてしまい、気づいたころには深刻な状態にまで悪化してしまうこともあり得ます。
また、複数の住戸のうち一つの住戸のみを検査し、他の住戸は検査しないといったケースも見られます。不具合が見られる箇所によっては、建物全体の防音性能や防火性能の低下、法的な問題、ひいては収益性や資産性の悪化にまで発展するおそれがあります。
「資産」になる収益物件とは
アパートの資産性・収益性を見極めるにあたっては、利回り以前に「安全性」と「メンテナンスコスト」を考慮することが何より大切になってきます。いずれも取得時の状態を詳細に見れば、ある程度の把握やシミュレーションが可能です。一部の投資家は、物件を実際に確認することなく購入を決める「ノールック購入」をすることもあるようですが、これは極めて高いリスクを伴う行為といえるでしょう。
新築、中古問わず、契約締結前または引き渡し前までに専門家による詳細な物件調査を実施し、建物の状況を正確に把握しておくことは不可欠です。資産性・収益性を判断するのは、その後。たとえば、状態が決して良いとはいえない中古アパートであっても、売値と取得時の修繕コスト、そして所有中のメンテナンスコストから、合理的に稼げる物件と判断できることもあります。
アパートは単なる金融商品ではなく、入居者の生活基盤を支える重要な社会インフラでもあります。投資家としての収益性追求と建物所有者としての社会的責任のバランスを取った持続可能なアパート経営が求められます。